story
□鳴かぬ蛍が身を焦がす
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目が覚めると、視界に入ったのは白いカーテンと天井だった。
(……ここ保健室?…そっか、私倒れたんだ。)
ボーッとそんな事を考えていると、ふと右手が温かい何かに包まれている事に気づく。
顔を横に向けると、先生がベッドの脇に置いてある椅子に腰掛けて眠ってていて、私の右手は先生の大きな手にしっかりと握りしめられていた。
『神楽っ!!』
意識を手放す前に聞こえた声。
そうだ、あれは確かに先生の声だった。
いつものやる気のない先生からはとても考えられない様な焦った声。
それを思い出すと、何だかギュッと胸が締め付けられた。
寝息をたてている先生の顔をじっと見つめてみる。
こんな風に先生の顔を近くで見るのがすごく久しぶりな気がした。
(そう言えば、先生の寝顔って初めて見たネ。)
整ったきれいな顔。
(男の人にきれいって変かな…)
ボンヤリとそんなことを考えていると先生が目を覚ました。
私と目が合うと、先生は安心したようにホッと息をついた。
「具合どうだ?」
そう言って目を細め、空いている方の手で優しく頭を撫でてくれる。
それだけでフワッと胸の中が温かくなっていく。
「もう大丈夫アル。」
「…ったく、あんまり心配させんなよ。」
「…心配…してくれたアルか?」
「あ?当たり前だろーが。」
そう言って眉間にしわを寄せながら、先生はコツンと私の頭をこづいた。
途端に、心配させてしまって申し訳ないという気持ちと、先生が自分を心配してくれて嬉しいという気持ちが同時に私の中に湧き上がる。
「…ゴメンネ。」
先生の言葉一つ、動き一つでこんなにも自分の感情がクルクルと変化するなんて。
やっぱり私はこの人の事がすごく好きなんだなと思った。
(…この間の事もちゃんと謝らないといけないネ。)
わがまま言って、困らせてばかりでゴメンって。
「……あのネ」
「…神楽。」
「!」
意を決して口を開くと、それは先生の静かな低い声に遮られた。
「…な、何アルか?」
その目はまっすぐに私を捉えていて、視線を逸らすことができない。
「…こないだの話なんだけどな…」
「………。」
途端に思い出すのは3日前の先生の言葉。
(あぁ、やっぱりもうダメアル…)
思わず体を強張らせてギュッと目を瞑った。
「やっぱり…無理だわ…」
「え…?」
聞こえてきた言葉は、全く私の予想していなかったもので。
その意味がわからずに目を開けると、視界に入ったのはふわふわの銀色。
私は先生に抱き寄せられていた。
「せっ、先生…?」
戸惑う私の肩に顔をうずめ、先生は小さな声で呟いた。
「…ハァ、お前が卒業するまでは距離置こうって思ったのによ…」
グッと先生の腕に力がこもる。
「やっぱ無理……ってか嫌だ。」
表情は見えないけど、その声から普段の余裕のある先生とは違うことがよくわかる。
「…先生?」
「…お前に好きだって言われた時、俺スゲェ嬉しかった。…けど内心、お前と付き合うのをどこかで躊躇ってたんだ。」
「え…?」
「もし俺達のことがバレたらって…」
「………。」
「…俺はクビになろうが何だろうが構わねェ…でもお前はそうはいかねェ。俺だってお前の事ちゃんと卒業させてやりたいって思ってたし、それにあの親父からお前のこと任されてたからよ…」
「………。」
「けど俺が中途半端な気持ちのままお前を受け入れたせいで、お前に不安な思いをさせちまって…だから卒業までは距離置こうと思った。」
「………。」
「…もし、それでお前の気持ちが俺から離れることになっても…それは仕方ねェんだって…」
「……先生。」
「…でも、無理だった。」
耳元から聞こえてくる掠れた声と私を抱きしめる腕の強さに、私は何だか泣きそうになった。
「…この3日間、お前の事ばっか考えてた。…何度も思ったよ。もし"教師"と"生徒"じゃなかったらって……バカだよな、俺も。」
そう言って私の肩から顔を離すと、先生はただ真っ直ぐに私を見据えた。
「……ゴメンな、神楽。」
「!」
その言葉に、また私の胸はギュッと締めつけられた。
「…っ謝らなきゃいけないのは私の方アル!わがままばっかり言って…」
最初はただ一緒にいられるだけで良かった。
だけど想いはどんどん欲張りになっていく。
もっと自分を見て欲しくて。
もっと言葉が欲しくて。
いつの間にか涙が頬を伝っていた。
歪み始めた視界に、それでもはっきりと映る真剣な目をした先生の顔。
「……神楽。またお前に不安な思いさせるかもしれねェ。…でも、それでも俺はお前と…」
「っせん…せ…」
「!」
先生の言葉の続きを待たずに、嗚咽で途切れ途切れになりながら、私は自分の想いを吐き出した。
「…っ私が…卒業…するまで…待っ…くれる?私の事、好き…ままでいてくれるアルか?」
先生は私の言葉に一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに目を細めてフッと微笑んだ。
「………ああ。」
いつも求めるのは自分からばかりだと思ってた。
先生がこんなにも自分の事を考えてくれてたのも知らずに。
「……っ…」
涙が次から次へと溢れてきて止まらない。
「しょうがねェな…」
そう言って困ったように笑いながら、小さな子供みたいに泣きじゃくる私の頭を撫でてくれる。
その温かくて大きな手が。
普段はあまり見せないような優しい表情が。
先生の全てが。
ただ、どうしようもなく愛しいと思った。
たとえ、今はまだ声に出して言えなくても。
言葉にできなくても。
私達の想いは同じで、確かにちゃんと繋がってるから。
だから、今はただ。
この想いは2人だけの胸に秘めたままで。
end.