story

□誘惑ミッドサマー
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神楽は部屋に入るとすぐにエアコンのスイッチを入れ、冷蔵庫からいちご牛乳を取り出した。

銀八にグラスを渡して自分もその隣に腰を下ろす。

よっぽど喉が渇いてたのだろう、いちご牛乳を一気に飲み干す銀八を見ながら、神楽は申し訳なく思っていた。

(…私、この前から我が儘ばっかり言ってるアル。)

銀八は自分を心配してわざわざ駆けつけてくれたというのに。

「…ゴメンネ、銀ちゃん。」

「ん?」

「私、自分のコトしか考えてなかったネ…」

「あー…イヤ、俺もずっと連絡もしねェで悪かったよ。そりゃお前も怒るわな…」

「銀ちゃんは悪くないヨ!私っ、もうデートに行きたいとか我が儘言わないネ!だから…」

「ハイ、ストップ。まずは先生の話を最後まで聞きなさいね、神楽ちゃん。」

銀八は神楽の腕を掴んで引き寄せると、後ろからギュッと抱きしめた。

「…そうだよな、せっかくの夏休みだもんなァ。どっかにデートぐらい行きたいよなァ。」

「…でも、知ってる人に会うかもしれないって…」

「それもよく考えりゃ、知り合いとかに会わねェように遠くに遊びに行けばいいだけの話だし。」

「でも…銀ちゃん、仕事あるんでしょ?」

心配そうに振り向く神楽に、銀八はニヤリと口の端を上げた。

「だから先生な…ババアに頼んで明日から2、3日休み取れるようにしてもらっちゃった。」

「マジでか!?」

「マジマジ。その代わりにこの1週間くらい、俺ほんっと死ぬ気で頑張って仕事したからね。」

銀八はそう言いながら神楽の体を自分の方へ向かせると、その大きくて青い目を覗き込んだ。

「だからさ…ずっと連絡できなかったの、これで許してほしいんだけどな、神楽ちゃん?」

低い声で囁かれ、神楽は顔が一気に熱くなっていくのを感じた。

「…ウン。」

そうして、どちらからともなく口付けると、2人は額をくっつけたまま笑いあった。
 
「じゃあ、どこ行きたいか考えとけよ。」

「ウン!」

嬉しそうに応える神楽に目を細めながら、銀八は朱色の髪をクシャリと撫でた。

「…まぁ、さすがに旅行はムリだけどな。日帰りならお前の行きたいとこ連れてってやっから。」

「…へへっ」

「ん、どした?…って、うおっ!?」

「アリガト、銀ちゃん!大好きっ!!」

「……おう。」

(ヤベ、可愛い…)

不意打ちで抱きつかれた銀八は、少し顔が赤くなりながらも神楽をギュッと抱きしめた。

「…さてと、充電も十分できたことだし…」

そう言って壁の時計をチラと見やると、銀八は少し名残惜しそうに腕の力を緩めて神楽を解放した。

「え?充電って何の?」

聞き慣れない言葉に神楽は首を傾げる。

「んー?もちろん神楽ちゃんの。」

「私、アルか?」

「だって先生、この1週間ずっと仕事で『神楽ちゃん欠乏症』だったんだもん。」

「…銀ちゃん、いい年して"だもん"とか言っても可愛くないネ。むしろキモイアル。」

「……泣いていい?」

「冗談アルヨ、冗談。」

気のせいか、銀八の耳には全く冗談には聞こえなかったが。

「……ハハ…そっか、冗談か…」

銀八は引きつった笑みを浮かべた。
 
「…まぁ、今日は明日に備えて早く休め。また明日の朝ここに迎えにきてやっから、な?」

よっこらせ、なんて年寄りみたいな事を言って銀八は立ち上がった。

ここ数日ちゃんとした睡眠も取れておらず、思わず大きなアクビをして。

そして。

「――…え?」

「え?」

神楽が座ったままキョトンと銀八を見上げた。

一瞬、銀八は首を傾げたが、すぐにその意味に気がついた。

それと同時に、神楽はパッと顔を赤くして、何でもないアル、と慌てて顔を背けようとする。

それを素早く自分の方に向かせて、固定して。

耳まで真っ赤に染めながら涙目で見上げてくる神楽に、銀八は思わずクラリと目眩を覚えた。

(…ああもう、本当に…)

神楽の言う通りだ。

せっかくの"夏休み"なんだから。

(少しぐらいハメ外したっていいだろ。)

楽しそうに口の端を上げながら、銀八は神楽の耳元に唇を寄せた。

「本当に、何でもない?」

「……っ!!」

そんな訳ないよな、と甘い響きを含んで。

充電できただなんて、そんなの嘘だ。

まだまだ足りない。

だから。

フルフルと小さく首を横に振る神楽の姿を満足そうに見やると、銀八はその首筋に一つ、また一つとゆっくり口付けを落としていった。


夏休みはまだ始まったばかり。




end.
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