story

□誘惑ミッドサマー
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もう何日目だろうか。

ベッドに仰向けに寝転がりながら、神楽は携帯の画面を恨めしげに見つめた。

「…銀ちゃんのバカ…」


夏休みに入って数日。

世の学生達にとっては待ちに待っていた夏休みだというのに、神楽の顔は何故か浮かない。

それというのも、神楽はここ数日、銀八と会うことはおろか連絡すら取っていなかった。

終業式の日にケンカして別れてそれっきりだ。

と言っても、神楽が一方的に怒って準備室を飛び出したので、ケンカと呼べるのかはわからないが。

すぐに謝って仲直りすれば良かったのだが、変に意地を張って自分から連絡をしようとしなかった結果がコレで。

神楽は完全に謝るタイミングを逃してしまっていた。

「…銀ちゃんのバカ…」

もう一度呟いてみるも、返ってくる声などなくて。

ジワリと目尻に涙が浮かぶ。

神楽は荒々しく目元をこすると、携帯の電源を切ってそのままそれをカバンの奥へと押し込んだ。 

分かってはいるつもりだった。

自分は生徒で、銀八は教師だと。

付き合っていることは誰にも言えないし、ましてや堂々とデートなんかできる訳もない。

そんな事は百も承知だった。

(でも…)

夏休みが近づくにつれて浮き立つ周りのクラスメイト達。

いかに受験生といえど、やはりそこは3Zの面々。

彼氏と一緒に海に行くだとか、講習が終わってから映画を観に行く約束をしただとか、周りはそんな話題で持ちきりで。

クラスの女子達がこぞって楽しそうに夏休みの計画を話してるのを見ていると、神楽はどうして自分はあの輪の中にいないんだろう、と考えるようになっていた。

(私だって少しくらい銀ちゃんと…)

せっかくの夏休みなんだから。

旅行とまではいかなくてもデートくらいは。

神楽は思いきって銀八にそう話してみた。

だが、返ってきた答えは何とも素っ気ないもので。

『あー…俺、仕事あるからムリだわ。お前らと違って先生は忙しいの。』

分かってはいるつもりだった。

自分は学生で、銀八は社会人。

夏休みだからといって、呑気に遊んでられる学生とは違い、教師にはちゃんと仕事がある。

自分は進学しないから関係ないとはいえ、銀八は夏期講習だの進路指導だの、受験生の対応に負われて忙しい。

分かってはいたけれど。

『でも、銀ちゃ…』

『それに学校の奴らに会っちまう可能性だってあんだろ。』

(そりゃ、無理なお願いだとは思ってたけど…)

銀八は考える素振りすらしてくれなかった。

家に帰ってからも、銀八からの連絡は一向になくて。

自分勝手だとわかっていつつも、その事にまた腹が立って。

そして。

寂しくて、悲しかった。


 
「ん…」

真っ暗な部屋の中、神楽はフッと目を覚ました。

部屋の暗さと辺りの静けさから、もう陽はとっくに沈んでしまっていることがわかる。

「今、何時だろ…」

ベッドから起き上がって電気をつけると、時計の針は8時を少し過ぎた所をさしていた。

「…うわ、もうこんな時間アルか。」

あのままずっと眠っていた事に驚きつつ、神楽はふと電源を切ったままの携帯の存在を思い出した。

(どうせ連絡なんて…)

一度はそう思ってカバンから視線を外したが、やっぱり気になってしまう。

(でも、もしかしたら…)

神楽は淡い期待を込めながら、ベッド脇に置いてあるカバンに手を伸ばそうとした。

―― ピンポーン

不意に玄関のチャイムが鳴る。

「……こんな時間に一体誰だろ?」

不審に思いながらそろそろと玄関に向かうと、ドアの外から聞き慣れた、神楽がずっと待ち望んでいた声が聞こえてきた。

「神楽っ!いるのか!?」
 
「銀ちゃん!?」

神楽が慌ててドアを開けると、そこには銀八が立っていた。

走ってきたのか、息を切らして汗まで流している。

「ぎ、銀ちゃん!どうし…っ!?」

いきなり腕を引かれたかと思うと、次の瞬間、神楽は銀八の腕の中にいた。

「ハァ…ったく、心配させやがって…」

「…銀、ちゃん?」

突然の事に何が何だかわからず、神楽がおずおずと銀八を見上げると、不機嫌な顔をした銀八と目が合った。

「……お前、携帯はどうしたんだよ?」

「携帯?」

「さっきから何回も電話してんのに全然繋がらねェんだよ。」

「――ってたネ。」

「え?」

「……電源、切ってたネ。」

「は?何で?」

「…だって銀ちゃん、終業式の日からずっと連絡くれなかったから…」

神楽は拗ねたように口をとがらせると、銀八のシャツを握りしめて俯いた。

すると、頭の上から小さくため息が聞こえ、神楽は思わずビクリと体を強ばらせる。

だが、銀八にあやされるように背中を軽くポンポンと叩かれ、神楽は全身からゆっくりと緊張が解けていくのを感じた。

「…とりあえず中入っていいか?ここじゃちゃんと話もできねェし。」

「…ウン。」
 
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