story
□そんな彼らのプロローグ
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「ゲッ…」
保健室の戸を開けて目に入った光景に、神楽は思いっきり顔を顰めた。
「……よォ。」
タバコの白い煙をフーッと吐き出しながら、眼帯をした男がこちらを振り向いた。
「…何でオマエがいるアルか。」
「…あ?そりゃ保健医が保健室にいんのは当たり前だろーがよ。」
キャスター付きの椅子に長い足を組んでゆったりと腰かけるその男は、確かに白衣を着ている。
「しょっちゅう屋上でサボってる奴が今更何もっともらしいこと言ってるアルか。…まぁいいネ、とりあえずベッド借りるアル。」
呆れたように小さくため息をつくと、神楽はズカズカと白いカーテンに囲まれたベッドの方へ向かった。
「添い寝してやろうか?」
振り向くと高杉がニヤリと口の端を上げてこちらを見ている。
「…死ねヨ。」
それを冷めた目つきで一蹴すると、神楽はベッドに上がり布団に潜りこんだ。
「何だァ?今日はまたえらく機嫌が悪いな。何かあったのか?」
「別に…」
くぐもった声でそう小さく返事が返ってきたが、高杉はベッドの上で丸くなっている布団を一瞥しただけでそれ以上は追及しなかった。
小さい頃から陽の光に弱かった神楽は、屋外での体育はほとんど見学で、日差しの強い日は倒れて保健室に運ばれるなんてこともしばしばあった。
その為、保健医である高杉とは1年の頃からの付き合いで、何だかんだ言いながらも神楽は担任の銀八同様に高杉を信頼していた。
最も、本人には口が裂けてもそんな事は言わないが。
「ナァ…」
不意に神楽が口を開いた。
「…あ?」
タバコを灰皿に押しつけながら声のした方を振り向くと、神楽は布団を頭からかぶったままベッドに座ってこちらを見ていた。
珍しく真剣な面持ちの彼女に、高杉は内心少し驚きながらも黙って次の言葉を待つ。
だが、神楽の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「…オマエ、好きで好きでどうしようもない人っているカ?」
「………は?」
思ってもみなかった言葉に高杉は一瞬返事に詰まった。
当の神楽はといえば、みるみる内に顔を耳まで真っ赤に染めあげていく。
「やっ、やっぱり何でもないアル…!」
慌ててそう言い直すと、また布団の中に潜りこんでしまった。
と同時に、高杉の頭の中にある一つの考えが浮かぶ。
「……そういやァ、お前のクラスって今の時間体育だったか?」
「……違うアル。」
ぶっきらぼうにそう答える神楽の様子に高杉はククッと低く笑う。
水曜日の3限目。
記憶が正しければ、3Zは確かこの時間は国語。
銀八の授業だ。
いつもなら銀八の授業の時だけは嬉々として教室に戻っていく神楽が、今日はどういう訳かその銀八の授業をサボっている。
それに加えて先ほどの彼女の言葉。
自分の考えが間違っていないことを確信し、高杉は人知れず口の端をあげた。
「…で、銀八と何かあったのか?」
「…何でそこでいきなりあの天パが出てくるネ。」
唇を尖らせながら神楽が布団から顔を出す。
その顔はほんのり赤く染まっている。
「違うのか?銀八の授業はいつもサボらねェだろ、お前。」
「………オマエのその何でもお見通しって顔がムカつくアル。」
頬をふくらませてそう文句を言いながらも、神楽はしぶしぶ話し始めた。