story
□奇跡
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再び目を覚ました時はもう部屋は明るくて、カーテンの隙間からは日が射し込んでいた。
携帯に手を伸ばして時間を見てみると、8時半を過ぎていて。
遅刻だと慌てて起き上がるも、途端にクラッと目眩がして布団にドサリと倒れ込む。
そう言えば夜中に熱出したんだっけと思い当たって額に手をやると、やっぱりまだ少し熱い。
「もう、今日は学校休みアルナ…」
そう呟いたら声も少し掠れていることに気づいて思わず顔を顰める。
こんなにも弱ってるなんて。
何だか今の自分の状況が情けなくて、いっそ笑ってしまいそうにさえなる。
でも学校に行って銀ちゃんと顔を合わせるのはまだ辛いから、ちょうど良かったのかもしれない。
そう思うと少し気が楽になって、その途端に今度はお腹がグーグーと威勢よく鳴り始める。
どんだけ私って単純なんだと苦笑しつつも、そう言えば昨日の晩も何も食べていなかったのを思い出す。
何とか体を起こしてベッドから出ると、ヨロヨロと台所に向かい、朝ご飯の用意に取りかかった。
ご飯を食べた後、薬を飲んで汗をかいたパジャマを着替えると、幾分か体のダルさも楽になった。
ふと携帯を開くと、メールが届いていた。
「アネゴかな…?」
そう言えば、熱出して休むってアネゴに連絡してたっけ。
ベッドに潜り込みながらそのメールを開くと、それはアネゴからじゃなかった。
「……銀ちゃん…」
震える指でボタンを押す。
メールにはたった一言だけ。
『大丈夫か?』
たぶんアネゴから私の事を聞いたんだろう。
銀ちゃんらしい、短くて何の飾り気もないメール。
端から見れば素っ気ないように見えるかもしれないけれど。
だけど本当はそうじゃない。
そんな事はもうとっくにわかってる。
わかってるからこそ。
たとえそれがただの担任としての言葉だったとしても、そのたった一言が嬉しくて泣きそうになっている自分がいた。
まだこんなにも銀ちゃんの事が好きで。
もう十分だからと、何度も自分に言い聞かせた言葉なんて途端に意味を失ってしまう。
気づいたら急いで制服に着替えて家を飛び出していた。
会いたい。
ただ、そう思ったから。
学校に向かって走ってる間、銀ちゃんの事しか頭になかった。
会ってそれからどうするかなんて何も考えてなくて。
ただ、会いたい。
声が聞きたい。
それだけしか頭になかった。
学校に着くとちょうど2時間目の授業中だった。
この時間は銀ちゃんは授業がないから、きっと国語準備室にいるはずだ。
弾む息を落ち着かせながらもゆっくりと目的の場所を目指す。
シンと静まりかえった廊下を一人歩いていると、少しずつ不安が募ってくるけれど。
だけど、今ここで諦めたら、もう二度と銀ちゃんのそばにいられない気がしたから。
何より後悔したくなかったから。
準備室の前に着くと、大きく深呼吸を一つして心を落ち着かせた。
だけど、思いきって戸を開けようとした時、中から男の人の話し声が聞こえてきた。
話し声の一人はもちろん銀ちゃん。
そして、もう一人は。
「…じゃあ、もう神楽とは別れたってんだな?」
(この声もしかして…パピー!?)
思いも寄らない人物がそこにいたことに、頭の中が混乱する。
(何でパピーがここに…)
「…ああ。」
だけど、聞こえてきた銀ちゃんの静かな低い声にハッと現実に引き戻される。
とにかく今は少し様子を見ようと思って、息を殺して2人の会話に耳を澄ませた。
「…何でわざわざ俺に本当のことを話した?俺が言うのも何だが、黙ってりゃバレなかったハズだ。」
「………。」
「それとも何か?教え子に手ェ出したっつう罪の意識から逃れる為か?」
「そんなんじゃねェよ…って、そんな事言う資格俺にはねェか。」
そう言って銀ちゃんは自嘲気味に笑った。
「神楽と付き合ったこと…後悔してんのか?」
パピーのその言葉に一気に体に緊張が走る。
銀ちゃんはしばらく黙り込んだ後、静かに答えた。
「……ああ。」