story

□奇跡
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『銀ちゃん』


名前を呼んだらそこで目が覚めた。

暗闇に少しずつ慣れてきた視界に入ったのは、いつもどおり自分の部屋の天井だった。

「夢…アルか…」

ボソリと呟いた言葉がシンと静まりかえった部屋に響く。

窓の外ではまだ雨が静かに降っていて、携帯を開いて時間を確認すると、夜中の0時を少し過ぎていた。

小さく息を吐いて上半身を起こそうとしたけど、体がダルくて思うように力が入らない。

額に手を当ててみると案の定そこは熱くて思わず舌打ちをしたくなる。

ふと頬に触れると指先が微かに濡れた。

ああ、自分がこんなにも弱いなんて思ってもみなかった。 



放課後、いつものように銀ちゃんのいる国語準備室に行くと、私を待っていたのは思いもよらない言葉だった。

『別れよう。』

その言葉に一瞬息が止まって声が出なかった。

だけど、頭の中でああやっぱりな、とどこか冷静に考えてる自分がいて。

もしかしたら何となくこうなる事がわかってたのかもしれない。

もちろん、そんな事を望んでいた訳じゃないけれど。

でも、私みたいな子供が大人の銀ちゃんと付き合う事自体、無理があったのかもしれない。

ましてや、それが教師と生徒なら尚更だ。

窓際でタバコを吸う銀ちゃんの背中をボンヤリと見つめながら、私は自分でも驚くほど落ち着いて口を開いていた。

何で突然そんな事を言うのかとか、私は銀ちゃんと別れたくないとか、言いたい事はたくさんあるのに。

なのに。

私の口から出た言葉はまったく違う言葉だった。

『……わかったネ。』

その後はどうやって家に帰ったのか正直あまり覚えていない。

気づけばずぶ濡れで自分のアパートの部屋の前に立っていて。

濡れた制服を着替えてベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまった。

 
中国からの留学生として銀魂高校にやって来たのは1年前。

担任として紹介された銀ちゃんの第一印象は正直あまり良くなかった。

クルクルの白髪天パに銜えタバコ、おまけに死んだ魚のような目をしたその男は到底教師には見えなかったから。

だけど、坂田銀八という人間を知れば知るほど自然に惹かれていく自分がいて。

それが恋だと気づくのにそれほど時間はかからなかった。

銀ちゃんのいる国語準備室に毎日通って。

たわいもない話をして、たまに宿題を手伝ってもらったりもして。

銀ちゃんの視線の先に私がいる。

銀ちゃんの目に私が映る。

それだけで嬉しくなった。

ただ、銀ちゃんのそばにいられるだけ良かった。

それだけで良かった、ハズなのに。

『私、銀ちゃんが好きアル。』

銀ちゃんを困らせてしまうのはわかってたけど、どうしても言わずにはいられなかった。

銀ちゃんは驚いたように大きく目を見開いて、手に持っていたタバコを危うく落としそうになってて。

あの時の銀ちゃんの顔は今でも忘れられない。

『……じゃあ、付き合うか?』

しばらく黙り込んでた銀ちゃんがそう言ってくれた時は、コレって夢なんじゃないかって泣きそうになった。
 
教師と生徒という関係である以上、おおっぴらに外で2人で会ったりはできなかったけど、それでも銀ちゃんと一緒に過ごす時間はスゴく幸せで。

ぶっきらぼうだけど本当は優しくて暖かくて。

そんな銀ちゃんのそばにいるといつも安心できた。

だけど、まったく不安を感じなかったといえば嘘になる。

銀ちゃんは私がどれだけ好きだと言っても、いつも誤魔化したりはぐらかすばかりで。

ふてくされる私に、銀ちゃんはいつも少し困ったような顔で笑って頭を優しく撫でてくれた。

時々、それが悲しくて寂しかった。 

今にして思えば。

銀ちゃんは優しいから、だから私を傷つけない為に付き合うかと言ってくれたのかもしれない。

そう考えたらチクリと胸が痛んだけれど。


小さい頃にマミーを病気で亡くした私は、パピーの仕事先に一緒についていくことが多かった。

その中で日本に訪れる機会がたまたま多くて、日常会話ぐらいなら簡単に話せるほどになった。

だから留学を決めた時、私は留学先に他の国よりもなれ親しんでいたこの日本を選んだ。

たくさんある日本の高校の中から銀魂高校を選んだのは、たまたまパピーがそこの理事長と知り合いだったから。

ただ、それだけ。

だけど、そんな偶然の重なりで私は銀ちゃんに出会って。

そして、恋をした。

それだけでも考えてみるとスゴイ確率で。

その中で想いが通じあう確率なんて、それはもう奇跡なのかもしれない。

その奇跡は私には起こらなかったけれど。

銀ちゃんに出会えて少しの間だけど付き合うことができたのは、私にとって奇跡と同じだから。

だからもう、十分だ。

いつの間にか溢れ出していた涙も、今は熱で涙腺が弱くなったせいにして。

もう、十分。

そう何度も自分に言い聞かせながら、もう一度静かに目を閉じた。

 
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