story

□幸せってこういうこと
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夕陽でオレンジ色に染められた放課後の校舎。

その廊下を緩い足取りで歩く教師が一人。

「…ったくよー、何で職員会議なんて面倒くせーモンがあんだよ。つーか、もうドラマの再放送も終わっちまったんじゃねェのか、コノヤロー。」

ブツブツと文句を言いながら国語準備室の戸を開けると、銀八は目に飛び込んできた光景に思わず銜えていたタバコを落としそうになった。

「………オイオイ。」

そこにはソファーでスヤスヤと眠りこけている一人の少女の姿。

「…ハァ…ったく、確かに待っててもいいっつったけどよ…」

銀八は頭をガシガシと掻きながら大きくため息をつくと、後ろ手に戸を閉めてソファーへと歩み寄った。

(…鍵開いてんだぜ。誰か他の奴が入ってきたらどうすんだよ…)

無防備な姿で眠る少女を見下ろし小さく舌打ちをする。

それでも気持ち良さそうに眠っているのを起こしてしまうのも何だか可哀想だと、銀八は机の上に置いてある灰皿にタバコを押し付けると、白衣を脱いでその丸まっている小さな体の上にそっと掛けてやった。

(俺も甘いな…)

内心苦笑しつつ、しゃがんで神楽の寝顔を覗き込み掛けっぱなしのビン底眼鏡をそっとはずしてやると、頬にかかる髪をよけてその唇に触れるだけの口付けを落とした。

ずいぶん変わったと思う。

今までの自分を振り返ってみるとそう思わずにはいられない。

そもそも自分はこんなに一人の人間に執着するタイプだっただろうか。

規則正しい寝息をたてる神楽を見つめる。

まさか、この年になって誰かに恋をするなんて思ってもみなかった。

ましてや相手は生徒で、しかも自分の教え子。

(前の俺だったら考えられねェよな…)

気づいたらいつも神楽の姿を目で追っている自分がいた。

何度、頭に浮かび上がったその答えをあり得ないと打ち消したか知れない。

だけど想いは誤魔化しきれずに膨らんでいくばかり。

"神楽が好きだ"

そう認めてしまうのに時間はかからなかった。

それでも、自分の教師という立場を一応ちゃんと理解してるつもりでいたし、認めたからといってその胸のうちを伝えるつもりもなかった。

たとえ彼女も自分を慕ってくれていたとしても。

ただ自分は見守っているだけでいいのだと。

好きだという感情だけで動けるほど自分は子供じゃないのだから、と。

(そう…思ってたハズだったんだけどなァ…)

だが実際はそうはいかなくて。

自分以外の男に触れさせたくない。

誰にも渡したくない。

自分自身でも驚くほどのその感情に、気がつけば自分が教師だということも神楽が生徒だということも忘れて想いを打ち明けていた。

(…俺もまだまだガキだったっつーことかな。)

ふと思い浮かんだそんな考えに苦笑しながら、だがそれも悪くないと思えてしまう。

(まったく大した奴だよ…俺をこんなにも変えちまうなんて…)

そっと神楽の頬を撫でる。

「…ん、銀ちゃ…」

骨ばった大きな手の上に白い小さな手がそっと重なった。

「…悪い、起こしちまったか?」

「ううん。」

そのままその小さな手を握りしめると、それに応えて神楽も少し照れながら手をキュッと握り返してくる。

その瞬間に胸の奥から込みあげてくるそれは、愛しさ以外の何物でもなくて。

「…銀ちゃん。」

「ん?」

「もうちょっとだけ、こうしててもいいアルか?」

そう言って繋いだ手に頬をすり寄せて神楽はまた目を閉じる。

「…ああ。」

手から伝わってくる神楽のぬくもりに銀八もまた目をそっと閉じた。

開けっ放しの窓から心地よい風が入ってきて2人の髪を揺らす。

思わずここが学校だというのも忘れてしまいそうなほど、ただただ穏やかな2人だけの時間が流れていく。

「…あー、何か…こういうのを言うのかねェ…」

ふと銀八が呟く。

「何がアルか?」

「……幸せってのは。」

「…幸せ、アルか?」

顔をキョトンとさせながら自分を見つめてくる神楽に、銀八はフッと微笑んでその柔らかい唇に口付けを落とした。

「ぎ、銀ちゃんっ!」

真っ赤になって慌てて起きあがろうとする神楽に覆い被さるようにして抱きしめると、銀八は神楽の耳元に口を寄せて小さく囁いた。

「なァ、神楽…このまま俺をもうちょい幸せにさせてて。」

「……ウ、ウン。」

耳まで真っ赤になりながら、おずおずと背中に手を回してくれる神楽がまた愛しくて。

銀八は腕の中の幸せを噛みしめるように、抱きしめる腕に力を込めてそっと目を閉じた。




end.  
 

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