story
□kiss
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呆然とした銀ちゃんを残して和室を出ると、そのまま一直線に押し入れに向かった。
新八が来るにはまだもう少し時間がある。
それまでに何とかこの動機が落ち着くといいんだけど。
もう何度目かもわからないけど、あの事を思い返す度に顔から火が出そうになって、思わず叫び出したくなる。
そもそも銀ちゃんが悪いのだ。
夜中にベロンベロンに酔って帰ってきたかと思えば、その頬や首筋にはいくつもの真っ赤なキスマーク。
あからさまなそれらは、きっと飲み屋の女に冗談とかで付けられたものだろう。
だけど、それでも私を嫉妬させるには十分なもので。
私の視線に気づいた銀ちゃんは、ヘラヘラ笑いながら自分の頬を指さした。
「んー?なあに?神楽ちゃんも銀さんにチューしたいの?」
酔っぱらいの言うことだと頭では分かってるのに、この時の私は体が先に動いてしまった。
アルコールでほんのり赤く染まった頬を両手で掴み、勢いのまま銀ちゃんの薄い唇に自分の唇を押し当てる。
鼻を突くアルコールの匂い。
そのキツイ匂いに反射的に唇を離そうとしたけれど、それは銀ちゃんの手によって阻まれてしまった。
今度は逆に私の頬が銀ちゃんの大きな手に包まれて、そして――
「…んぅ…っ…!」
さっきの自分のとは比べものにならないくらい深く口付けられて、その熱に頭が真っ白になる。
何度も角度を変えて口付けられ、私は何が何だか分からないまま、ただ目の前の胸にすがることしかできなかった。
どれだけ時間が経ったのか、もしかしてそれほど長い時間は経ってないかもしれないけど、ようやく銀ちゃんの腕から解放された私は、銀ちゃんの胸に寄りかからないと上手く立っていられなくなっていた。
「かぐら…」
吐息まじりに耳元で名前を呼ばれて、体がさらに熱くなる。
もう思考は完全にストップしていて、どうしていいか分からない。
だけどそんな私とは反対に、銀ちゃんは私を安心させるかのように優しく髪を撫でてくれた。
そうして今度はまるで子供みたいな満足気な表情を浮かべると、そのまま敷きっぱなしの布団に倒れて眠ってしまった。
私を抱きしめたまま。
ほんの些細な嫉妬から、自分から仕掛けたことだったけど…一向に落ち着いてくれない鼓動と体の熱のせいで、結局私は一睡も出来そうになかった。
寝息をたてている銀ちゃんがひどく恨めしい。
何より、大人の余裕を見せつけられたような気がして悔しかった。
酔っぱらっていてもやっぱり銀ちゃんは大人で、その動作一つで私の思考をいとも簡単に止めてしまう。
それがイヤな訳じゃないけど、どうしても悔しいと思ってしまうのは、私がまだ子供だからなのだろうか。
そんな事を考えていると、不意に押し入れの外に気配が一つ。
声をかけるのを躊躇っているのか、ウロウロと落ち着きのないその様子に、思わず声を出して笑いそうになる。
ああ、やっぱり銀ちゃんは銀ちゃんだ。
そう思うと、悔しさなんてあっという間に無くなってしまった。
さぁ、きっと押し入れの戸がもうすぐ開けられる。
さっきの呆然としていた銀ちゃんを思い出して、私はまた一つ笑みを浮かべた。
end.