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□夏祭り
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【浴衣姿】

「銀ちゃん!」

弾んだ声に顔を向けると、浴衣に身を包んだ神楽が駆け寄ってくるところだった。
白地に赤い金魚が涼しげに泳いでいる。
高い位置で結われた髪には薄桃色のトンボ玉の簪。
つい先日ねだられて買ってやったものだ。
ほんのりと化粧も施されている。

「………。」

「へへ、似合うアルか?」

「……へ?…あー、まぁ、良いんじゃねェの、ウン…」

はにかんで笑いながらその場でクルリと軽やかに回ってみせた彼女に、俺は見惚れてしまったなんて口が裂けても言えやしなかった。





【お面】

「あっ、銀ちゃん!ピン子のお面アルヨ!銀ちゃんはコレにしたら?」

斜め下から見上げてくる青い目は、祭りが楽しくて仕方ない様子でキラキラしていて可愛らしいけれど、いかんせんその手にあるお面は受け入れられない。

だって何だか俺をジッと見ているようで怖い。

「…イヤ…俺は、いいよ…」

「そうアルか?じゃあ銀ちゃん、私の選んでヨ!」

コレも可愛いとか、アレはどう?とか、次々とお面を手にとって真剣に迷っている姿に自然と頬が緩む。

「…コレ、お前にピッタリじゃね?」

たくさんある中からふと目に留まったそれを指差す。

「ピッタリ?ほんと?」

「ああ。」

「じゃあ、コレにするネ!」

嬉しそうに神楽が手にしたのはピンクのウサギのお面。

「フフッ、可愛いアル。ありがと、銀ちゃん!」

「…おう。」

お前の方が可愛いよ、なんてやっぱり口が裂けても言えなかった。





【綿菓子】

「祭りといえばやっぱ綿菓子だろ。」

大きな白いフワフワの塊に勢いよく齧りついてウマイを連呼する銀ちゃんの表情はまさに至福と言えるだろう。

最初その光景を見た時、共食いだと思ったのは内緒にしておこう。
きっと拗ねちゃうだろうから。

綿菓子一つでそんなに幸せになれるなんてお手軽アルナとからかうと、お前も酢昆布や卵かけご飯で幸せになれんだろうがと返された。

ああ、確かに。

「ひとくちちょうだい。」

私にも幸せを分けてとねだると、仕方ねェなと銀ちゃんにそっくりな白いフワフワを差し出された。





【たこ焼き】

ジュージューと旨そうな音をたてる丸いそれらをクルクルと手早くひっくり返していく。
食欲をそそる甘辛いソースの匂いにつられ、客の入りも上々だ。

「あ、たこ焼き屋さんアル!」

ほら、また客が来たようだ。

「銀ちゃん銀ちゃん!たこ焼き食べたいアル!!」

「お前、さっき焼きそば食っただろうが。あんま食いすぎると浴衣の帯苦しくなるぞ。」

「フッ、私を誰だと思ってるアルか?あんなの食べたうちにも入んないからまだまだ余裕ネ。」

聞き慣れた賑やかな声に顔を上げると思った通りの奴らがいた。

「よォ、お二人さん!」

銀さんはいつも通りの格好だけど、神楽ちゃんは浴衣を着ていておめかししていた。

…ああ、なるほど。

「ハイ、コレ。」

「ん?」

出来たて熱々のたこ焼きが入ったパックを一つ、銀さんに手渡す。

「俺からのサービスだ。神楽ちゃんと一緒に食べなよ。」

おじさんは気がきく男だから、若い二人のデートを冷やかして気まずくしたりしない。
何も言わずグラサン越しにウインクをして、心の中で頑張れよとエールを送った。

「おおっ、マダオもたまには気がきくアルナ!」

ウンウン、そうだろ?

「サンキューな、長谷川さん。」

たこ焼きを嬉しそうに頬張る神楽ちゃんを見守る銀さんの表情はすごく優しい。

ああ、若いって良いなァ。
恋って良いなァ。

「…後で、久しぶりにハツに電話でもしてみるかな…」

仲良く並んで歩く二人の背中を眺めながら俺は呟いた。





【射的】

「私のことはスナイパー神楽と呼ぶヨロシ。」

自分に全て任せておけと、神楽は射的の銃を構えた。

景品は全て駄菓子。
その中で上段の真ん中にあるチョコが目を引いた。

「…じゃあスナイパー神楽、俺あそこのチョコが欲し…」

「狙うはあの大物…そう、酢昆布ネ!」

パンッ、パンッと乾いた音が続けざまにして、下段の一番端とそれとは反対側の中段の端にある赤い長方形の箱がそれぞれカタンと小さくをたてて倒れた。

「…フッ、このスナイパー神楽にかかればこんなモンアル…」

「…スナイパー、俺のチョコは?」

「まぁ、慌てるなヨ。」

弾の残りはあと一発。

そうか、最後の弾は俺の為にとっておいてくれたのか。

「見てるネ、銀ちゃん!これがスナイパー神楽の真の力アル!」

パァンッと一発、その場に音が響いた。

そして。

倒れたのはチョコ…ではなくまたもや赤い箱だった。

「…なんでだァァァ!!」





【金魚すくい】

「あ、銀ちゃん!アレ!アレやりたいネ!」

そう言って神楽が指差したのは金魚すくい。

「…さっきヨーヨー釣りしたじゃねェか。アレも似たようなモンだろ。」

「え〜、全然違うアルヨ!」

水の中には赤や黒の小さいのがウジャウジャとひしめいている。

「ダメだ、ウチにはもう定春がいるだろ。」

「え〜、でも…」

「それに…」

納得がいかない様子で頬を膨らませる神楽の浴衣を指差してやる。

「ホラ、金魚ならここにいんだろ。」

「………銀ちゃん、顔赤いヨ。」

「……。」

「照れるくらいならやらなきゃいいのに。」

「……。」

「照れるくらいなら…」

「あー、うっせェ!二度も同じ事言うんじゃねェよ!」

確かに今のは自分でもちょっとキザだなとは思ったけれど。

「…い、行くぞ!」

何だか居た堪れなくなって俺は神楽の手を引いた。

後ろから笑いを堪える雰囲気が伝わってきた。





【りんご飴】

カリッという音が聞こえて、次いで鼻先をフワリとりんごの爽やかな香りが擽った。

隣を歩く神楽に視線を落とせば、ちょうど唇の端についた小さな欠片をペロリと赤い舌で舐め取るところで、その光景に俺は思わず釘付けになった。

「……っ…」

ゴクリと喉が鳴る。

その音が聞こえたのかあるいは俺の視線を感じたのか、神楽がこちらに気づいて斜め下から見上げてきた。

そして、俺の顔とりんご飴を交互に見ながら少しだけ悩む素振りを見せたかと思うと、俺の口元にそれを差し出した。

「ん、ひとくちだけアルヨ。」

「………へ?」

「え、食べたいんじゃないアルか?」

そう言って差し出したそれを引っ込めようとしたので、俺は慌てて神楽の腕を掴んで少し欠けた赤い球体に噛み付いた。

ガリッ

「ネ?甘くておいしいデショ?」

赤い唇が問いかける。

「……ああ。」

正直、味なんて分からなかった。





【花火】

夏の夜空を彩る花火。
皆が顔を上げてそれに魅せられる中、 俺は隣で花火に夢中になっている神楽の横顔ばかり見ていた。

「綺麗アル…」

ほぅと息を漏らして静かに花火に見惚れているその姿は、まるで知らない女のようだ。

「神楽」

思わず名前を呼んだ。

「…銀ちゃん?」

こっちを向いた神楽の瞳に弾けた花火の光が映って、まるで星が煌めいているようだった。

ふと、またそんならしくもない考えが浮かんだ自分に苦笑する。
今日はどうかしてるようだ。

「銀ちゃん?」

いつもと違う髪型にいつもと違う浴衣姿、そしてうっすらと化粧の施された顔。

不思議そうに首を傾げる、そんな何気ない仕草ですら俺の鼓動を高鳴らせるには充分で。

…ああもう、どうかしてるついでだ。

無意識に近づいていた顔をそのままさらに近づけた。

両手で包むように頬に触れる。

「ぎん、ちゃ…」

驚きに揺れる瞳には今度は自分の姿が映っている。

ドンッと一際大きな音と歓声があがった。

だけど、その視線が逸らされることは決してない。

ゆっくりと目が閉じられたのを合図に俺はそっと唇を重ねた。




end.
 

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