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□待ち続ける
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「…オイ。オイ、神楽。」
「…えっ?」
自分の名前を呼ぶ声にハッとして顔を上げると、視界に映ったのは真っ白な白衣。
さらに目線を上げると、タバコを銜えた呆れ顔の先生と目が合った。
「…もうとっくにHR終わったぞ。」
「ええっ!?いつの間に…ってか、もう誰もいないアル…」
慌てて辺りを見回してみるも、教室には私と先生しかいない。
「さっきから何回も呼んでたんだぞ。…つーかお前よォ、今日ずっとボケーッとしてたろ?」
コツンと頭を小突かれる。
「べっ、別にそんな事ないアル…」
「嘘つけ。俺の授業の時もボーッとしてて志村が心配してたじゃねェか。」
「え…」
先生の言葉に思わず顔を上げて目を見開く。
「…何で知ってるネ?」
「あん?」
「だって先生、ずっとさっちゃんと…」
「そりゃオメー、いつもウルセーのが静かだと気になんだろーが。それによォ…」
「…それに?」
フーッとタバコの白い煙を吐き出すその横顔をジッと見つめていると、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
「…それに、あんだけ授業中ずっと見つめられちゃあなァ…」
「……っ!?」
ニヤニヤ顔の先生とバッチリ目が合い、その途端に理解する。
全部、バレていたんだと。
しまったと思った時にはもう手遅れで。
一気に体中の熱が顔に集まり、鏡を見なくても自分の顔が耳まで真っ赤になっているのがわかった。
――授業中なんだから教師を見るのは当たり前ネ
――自意識過剰アル
普段は口からスラスラ出てくる言葉は、こういう時に限って一向に出てこない。
さっきから金魚みたいに口をパクパクさせるばかりで。
「アレ、神楽ァ?お前、顔赤いぞ?熱でもあんじゃね?」
そんな私に先生はお構い無しに、わざとらしくそう言って額に手を当ててくる。
ギュッと目を瞑ると、体中の神経がそこに集中してるのがよくわかった。
心臓はうるさいくらいにバクバクと鳴り始めて。
恥ずかしくてこの手を払いのけたい。
だけど、そのひんやりとした手の心地よさにもう少しこのままでいたいと思う自分がいる。
「うーん、ちょっと熱いなァ。大丈夫か、オイ。」
フッと額から手が離れ、きつく閉じていた目を開けてみると、そこには思った通りの意地悪っぽい笑みを浮かべた先生の顔。
「…誰のせいだと思ってるネ。」
「え?何、俺のせい?」
小さく呟いた言葉さえ聞き逃してくれなくて。
「ち、ちがうアル。こっちの話ネ。」
「……ふーん、まぁ別にいいけど。」
そう言って窓の外の景色を見ながら、先生はまたフーッと白い煙を吐き出す。
その隙に私は慌ててカバンに教科書を詰め込んだ。
先生を見つめてた事がバレて恥ずかしいとか。
先生に触れられて嬉しいけれど胸が苦しくなったりとか。
もう頭の中は混乱していて。
とにかく今は1秒でも早くこの場を離れたいと思った。
だけど先生はそんな私を気にする風でもなく、依然として窓の外を見ている。
これはチャンスとばかりに、私は立ち上がって早足で教室の出口に向かった。
だけど廊下に出ようと戸に手をかけた時、気だるげな低い声に呼び止められる。
「神楽ァ。」
振り返るといつもの死んだ魚のような目をした先生が私を真っ直ぐに見据えていた。
「…何アルか?」
先生は何も言わずにただジッと私を見つめてくる。
早くここから出たい。
そう思うのになぜか体が動かず、先生から目が離せない。
夕日に照らされた先生の銀髪がキラキラと綺麗で。
思わずボーッと見とれてしまう。
ああ、やっぱり私は先生のことが。
「…好き…」
その言葉はごく自然に私の口から出てきた。