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□黙ってたって伝わる
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「…金ちゃん、いい加減に機嫌直してヨ。」

自分の隣に腰掛け、さっきから黙々とケガの手当てをする金時に、神楽はお手上げとばかりに小さく呟いた。

表情は前髪で隠れてよく見えないが、明らかに不機嫌なオーラを纏っているのがわかる。

「…そりゃ、確かに油断してた私が悪いかもしれないけど…」

その瞬間、金時の手が一瞬だけピクッと止まったのを神楽は見逃さなかった。

(…ハァ、やっぱり怒ってるネ…)

確かに、マフィアのボスである自分がボディーガードも付けずにむやみに出歩いたのは愚かだったと思う。

油断しすぎていたのだ。

その結果がこのケガで。

金時が怒るのも無理はない。

自分の甘さに神楽は内心で舌打ちをした。

「…襲ってきたヤツはすぐに返り討ちにしてやったし…何もそんなに怒らなくてもいいダロ?」

居たたまれなくなってシュンと俯いてしまった神楽に、金時は手を止めて小さくため息をつくと、その頭にポンと手を置いた。

「…ハァ、ちげーよ。俺が怒ってんのは…自分自身にだよ。俺がお前のそばにいりゃ…」

やっと口を開いたかと思えば、思ってもみなかった金時の言葉に神楽は目を丸くした。

てっきり、マフィアのボスとしての自覚が足りないと怒られるものとばかり思っていたのに。

「…っそんなの金ちゃんのせいじゃないアル。それにケガだって全然大したことないヨ?ただのかすり傷…」

「俺が嫌なの。」

「え…?」

いつもの死んだ魚のような目でなく真剣な目が神楽を見据える。

「お前がケガすんの、俺が嫌だっつってんの。」

そう言ってまた器用な手付きで丁寧に包帯を腕に巻いていく金時に、神楽は胸がギュッと締めつけられるのを感じた。
 


マフィアのボスなんてものをしていれば、命を狙われることも珍しいことではない。

この世界に足を踏み入れた以上、甘えなんて許されない。

それはこの組織を継ぐと決めた時に覚悟していたことだし、自分で選んだのだから後悔もしていない。

それでも時々どうしようもない不安に襲われて。

巨大な組織のトップという重圧に押し潰されそうだった。

頼れる者など誰もいなくて、自分は一人でも大丈夫だと無理して強がって。

そんな時に出会ったのが金時だった。

最初はただの胡散臭そうなホストだと思っていたが、いつの間にか最も信頼の置ける、気の許せる存在になっていた。

いつもどんな時でも自分を助けてくれ、支えてくれて。

金時の事を知れば知るほど、神楽は自然と金時に惹かれていった。
 


「できたぞ。」

「…アリガト。」

神楽が頬を薄く染めながら礼を言うと、金時は目を細めて神楽の体をそっと抱き寄せた。

「…金ちゃん?」

後ろから抱きすくめられると、一瞬フワッと甘い匂いが神楽の鼻を掠めた。

金時はそのまま神楽の髪飾りを外し、長い指に絡めながら艶やかな朱色の髪に口付ける。

その仕草に神楽はドキリと胸が跳ね上がった。

優しく撫でるように髪を梳かれ、何だか擽ったいような気分になる。

いつだってそうだ。

金時はいつも自分に触れる時は、まるで壊れ物を扱うようにそっと優しく触れてくる。

それがスゴく嬉しくて。

金時と一緒にいる間だけは、神楽は自分が普通の女の子になったような気分になれた。

そっと広い胸に体を預けてみると、それに応えるように首筋に顔をうずめてくる。

抱きしめる腕の力は強いのに、まるで優しく包みこまれているような感覚を覚えた。

「神楽。」

低く掠れた声で名前を呼ばれると、それだけで胸が高鳴って。

"愛しい"

込み上げてくるその想いを、今はまだ言葉で上手く伝えられないけれど。

(…でも、不器用なのはたぶんお互い様アル。)

自分をしっかりと抱きしめて離そうとしない腕にそっと触れると、神楽は目を細めた。

(…いつかきっと、ちゃんと伝えるからネ。)

この胸に溢れそうなほどの想いを。

その時に思いを馳せながら、神楽はゆっくりと静かに目を閉じた。

今はただ、優しく包んでくれるぬくもりに酔いしれていたいから。

ぼんやりと薄れていく意識の中、神楽は耳元で何か優しく囁かれた気がした。




end.
 

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