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□さりげなく
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夕方になり少し涼しくなったとはいえ、まだじっとりとした暑さが残る放課後の校舎。
サンダルをペタペタと鳴らし、うちわで扇ぎながら、銀八は自分のクラスの教室に緩い足取りで向かっていた。
「オーイ、日直。日誌まだか…ってアレ、お前一人か?もう一人は?」
教室の入り口から顔だけを覗かせると、そこには神楽一人しかいなかった。
「…サドアル。私に日誌押しつけて自分はさっさと帰りやがったネ。」
不機嫌な顔でそう答える神楽に、自分も適当に終わらせて帰ったら良かったのにと、銀八は内心苦笑しながら教室に入っていった。
「…で?終わったのか?」
「今やっと終わったとこアル。」
「おー、お疲れさん。」
そう言って神楽の頭を軽くポンポンと叩くと、前の席に腰を下ろした。
「それにしても…あのサド野郎、明日学校来たら覚えてろヨ。ボコボコにしてやるネ。」
「…オイオイ、ケンカも程々にしとけよ。」
物騒な事を言う神楽を横目に、銀八は白衣のポケットからタバコを取りだして火をつける。
「だって、アイツが先に仕掛けてくるアルヨ!授業中とかもイチイチちょっかい出してくるし、本当にイヤな奴ネ!」
「……お前のコト好きなんじゃねェの?よく言うじゃん、好きな子ほどイジメたくなるって。」
「絶対そんな訳ないアル!って言うか冗談じゃないネ!」
銀八の言葉にあり得ないとばかりに神楽が声をあげる。
「大体アイツのアレは好きな子をイジメるとかそんな可愛いもんじゃないアル!」
「……まぁ、確かにな。」
そう言って銀八は苦笑しながらタバコの煙を吐き出した。
「……なあ、神楽って好きな奴とかいねェの?」
「へ?」
日誌に目を通す銀八を頬杖をつきながら何となくボンヤリと見ていると、唐突に質問を投げかけられて思わず間の抜けた声を出してしまう。
「何アルか、いきなり…」
「いいから。いるのか?」
何故銀八がそんな事を聞いてくるのかよくわからなかったが、神楽は質問に正直に答えた。
「いないアル。」
「ふーん…じゃあ誰かと付き合いたいとか思ったことは?」
「別にないネ。…っていうか今まであんまりそういうの考えた事もなかったアル。」
「マジでか。そりゃ困ったな…」
「………。」
さして困ったような表情も見せず依然として日誌に目を向けたままの銀八に、神楽は真面目に質問に答えてる自分が何だかバカらしくなって、さっさと教科書やノートをカバンに詰め始めた。
このダメ教師のことだ。
どうせ適当に話して相づちを打ってただけなんだろうと、神楽は半ば呆れて小さく呟いた。
「…興味ないんなら最初から聞いてくるなヨ。」
その呟きが聞こえていたのか、銀八がゆっくりと視線を神楽に向ける。
「何言ってんの?興味あるから聞いてるんじゃねェか。」
「…人の話ちゃんと聞いてなかったクセに何言ってるネ。」
大体、何で自分の恋愛の話になんて興味があると言うのか。
目の前の男の意図が全く掴めない。
「聞いてたって。だから困ったって言ってんだろ?」
「…何でそれで銀ちゃんが困ることがアルネ。」
神楽はますます訳がわからなくなった。
銀八の次の言葉を聞くまでは。
「だって俺、お前のこと好きだし。」
「ふーん、そうアルか……って、ええっ!?」
「……オーイ、神楽ァ?」
驚いたように目を見開いて、そのまま固まってしまった神楽の顔の前で、銀八がブンブンと手を振る。
「神楽ちゃーん?大丈夫ですかー?」
その声にハッと気づいた神楽は、たちまち耳まで真っ赤に染めて反論した。
「…かっ、からかわないでヨ、銀ちゃん!」
「からかってねェよ。俺、マジなんだけど?」
「だっ、だって…じゃあ、なんでそういう事サラッと言ってしまうネ!」
「ダメか?」
そう言って視線を真っ直ぐに向けて自分を見つめてくる銀八に、神楽は少したじろいでしまう。
「ダ、ダメって言うか…いきなりすぎるネ…」
「いきなりって言っても、別に思いつきで言った訳じゃねェよ?俺、ずっと神楽の事好きだったし。」
「う、嘘アル…!」
思わず否定の言葉が口を衝いて出てきた。
「…ハァ、嘘言ってどうすんだよ。」
「だって……」
「まぁ、いいや。で、返事は?」
「へっ、返事!?」
「そう、返事。」
「………。」
どこまでもマイペースな銀八に神楽は言葉が出てこなくなった。
今まで自分は恋愛なんてしたことがない。
だが普通に考えれば、教師と生徒の恋愛なんてあり得ない。
そんな事はよくわかっている。
それなのに目の前のこの教師は、平然と生徒の自分を好きだと言う。
それに何よりも、神楽はさっきから胸の内で自分の銀八に対する想いが急速に変化していってるのを感じていた。
(何でこんなにドキドキするアルか…?)
チラリと視線を向けてみると、そこには何故か自信に満ちたような男の顔。
「神楽ちゃん?」
「………。」
あぁ、自分はどうやらこの男に恋してしまったらしい。
(でも、何かちょっと悔しいアル…)
よく考えてみれば、最初からずっとこの男のペースに乗せられている気がする。
こうしてる今も、大人の余裕なのか顔色一つ変えもしない。
(……少しだけ焦らしてやるネ。)
どうせそんな事をしてみてもこの男には通じないだろうとわかっているのだが。
このまますぐに返事をしてしまうのはやっぱり少し悔しいから。
「…ちょっと、考えさせてほしいアル。」
それだけ言うと、神楽はおもむろに立ち上がり、カバンを引っ掴んでバタバタと教室を出ていった。
教室に一人残された銀八は一瞬呆気にとられていたが、すぐに口元に笑みを浮かべると小さく呟いた。
「…おー、楽しみに待ってるわ。」
end.