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□ユメミルオトメ
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らしくない。
自分でもらしくないと思うけれど。
洗面所の鏡と睨みあってかれこれ数十分。
映るのはいつもと変わらないおだんご頭の私。
何度も出来上がりを鏡で細かくチェックしては、やっぱり納得がいかなくてほどいての繰り返し。
いつもなら髪型一つにこんなにも時間なんてかけない。
そんなことする時間があるなら、心地よい布団の中で一分でも長く寝てる方がいい。
それなのに、何で今日はたかたが髪型一つがこんなに気になるんだろう。
そう考えてすぐに浮かんできた答えに、思わず眉間にシワが寄ってしまったのを慌てて指で押さえた。
『その髪型、スゲェ似合ってるよ。可愛い。』
男はそう言って愛しそうに私の頭を撫でると、優しく体を抱き寄せた。
そう。
――夢の中で。
「ハァ…」
鏡に映る自分にため息を一つ。
夢の中に出てきた男の言葉に、朝から振り回されているなんて。
自分でもなんて滑稽なんだろうと思うけど、それでも入念に最終チェックをしてしまう。
しかも、さすが私の夢の中というだけあって、男は多少…イヤ、かなり美化されていた。
だってまず現実なら、あの気だるげな顔があんな爽やかな笑顔になるなんて考えられないし、"可愛い"なんてそんな気のきいたセリフは間違ってもあの口から出てきやしない。
そんな事は分かりきっているのに。
それでも期待してしまうのは、たぶん夢のせいだけじゃないからだ。
『そのおだんご頭、もうすっかりお前のトレードマークの一つだよな。』
それはつい昨日のこと。
突然そんな事を言ってきたかと思ったら、男は気まぐれに私の髪に触れて。
『何か俺、これと同じ髪型見かける度にお前のこと思い出すし。』
そうして笑った。
タバコを銜えながらニヤリと口の端をあげたその笑みは、さっき見た夢の中の爽やかな笑顔とはもちろん程遠かったけれど。
目眩がしそうだった。
(あんなのズルイヨ…不意打ちアル。)
きっと本人にとっては、何とはなしに出た言葉だったんだろうけど。
でも私にとっては、それは簡単に流してしまえるような言葉じゃなかった。
(だからあんな夢見たのかも…)
都合良く脚色されてはいたけれど。
鏡の中の自分をじっと見つめる。
この髪型を見る度に私を思い出すと、男は言った。
それは夢ではなくて現実だ。
その真意はわからないけど、これはきっと私にとってチャンスに違いない。
そして、あの夢の続きが現実になるのかは、これからの私の頑張り次第という訳で。
「…よしっ!」
パシッと頬を叩いて気合いを入れると、ようやくいつもの自分らしくなった気がした。
トレードマークのおだんご頭も完璧。
「…その気にさせた責任は必ずとってもらうアル。」
鏡の向こうでは、もう一人の私が不敵な笑みを浮かべていた。
end.