memorial
□アイツは私の執事様?
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体の力が一気に抜けて、そのままソファーにドサリと身を沈める。
「大丈夫ですか?」
突然のことに呆然としている私とは反対に、その声の主はどこか楽しそうに私に手を差し伸べてきた。
「なっ、何するネ!?」
ハッとして慌ててその手を払いのけるも、坂田は気にする様子もなく続ける。
「私のことをよく知って頂くのには、これが一番手っ取り早い方法だと思いまして。」
「どっ、どーいう意味…」
「…わかりませんか?」
そう問う坂田は、先ほどとは打って変わって真面目な目をしていた。
「……っ」
バクバクと未だ静まらない鼓動は、それどころか一層速くなったような気さえする。
この場から逃げ出したいのに、何故かこの男から目が離せない。
さっきの言葉の意味を聞きたい。
それなのに言葉は声にならず、私はただ口をパクパクさせるだけだった。
そして再びゆっくりと近づく唇。
あともう少しで触れそうなところで、私はギュッときつく目を瞑った。
「おー、お嬢さん久しぶりだなァ。」
ドアを開くと朗らかな声が聞こえてきた。
視線を向けるとそこには思った通りゴリがいて、その隣にはいつものようにマヨとサドの2人も一緒にいる。
そしてその向かいにはパピーが座っていて、すでにテーブルの上にはワインのボトルが数本とグラスが用意されていた。
「神楽ちゃん、こっちに来て座るといい。」
「…ハァ、また真っ昼間から飲むつもり?」
手招きするパピーに呆れた視線を向けると、ゴリが少し申し訳なさそうに頭を掻く。
「イヤ、思ったより早く着いてしまってなァ…」
「どうせ時間通りに来ても来なくても飲むクセに…」
内心早く来てくれて良かったと感謝しながら、だけどもそんな事はおくびにも出さずに私もソファーへ向かった。
さっきはあと少しというところで新八が私を呼びに来て事なきを得たのだった。
イヤ、実際は何も問題がなかったわけじゃないのだが。
まさかファーストキスをあんな昨日会ったばかりの怪しい奴なんかに奪われてしまうなんて。
幸か不幸か、新八には何も気づかれずに済んだけれど。
離れ際に私にだけ聞こえるように囁いたアイツの言葉が頭の中で何度も響く。
『さっきのは冗談でも何でもないし、後悔なんかしてねェから。』
あの言葉はきっと彼の本心で、恐らくあれが彼の本性なのだろう。
だけど。
一体どういう意味なのか。
何もかもが突然すぎて、頭の中が混乱している。
ただ一つだけはっきりしてるのは、今私の頭の中を占めているのは間違いなくあの銀髪の執事だけだという事だった。
「神楽、どうかしたんですかィ?」
不意にサドに顔を覗きこまれ、自分がボーッとしていたことに気づいた。
「なっ、何でもないよ?」
「…そうかィ?ならいいけど…」
アイツの事ばかり考える余り、自分の今の状況をすっかり忘れていた。
そうだ。
私にはもう婚約者がいるんだし、あんな奴の事なんか気にしない方がいい。
さっきの事もアイツの言葉も全部忘れてしまえばいい。
そう思った瞬間、胸の奥がチクリと少し痛んだ気がしたけれど。
ふと隣を見ると、パピーとゴリはもう出来上がっていて、その横でマヨが呆れた様子でタバコを吸っていた。
「総悟、神楽。オメェら抜けていいぞ。せっかくだから散歩でもしてこい。」
「急にどうしたんでィ、トシの兄貴。気持ち悪ィでさァ。」
「気持ち悪いとは何だコルァ!気ィきかせてやってんじゃねェか!!」
「それが気持ち悪いって言ってんでさァ…死ねコノヤロー。」
「ああ?お前が死ね。」
「イヤ、お前が死ね。」
「イヤ、お前が…」
「イヤ、お前…」
「あー、もうっ!2人共いい加減にしてよ!」
うんざりしながらそう言うと、2人はお互いに舌打ちをしてそっぽを向いた。
こういう所は小さい頃から全く変わっていない。
(人の気も知らないで…)
小さくため息をついて立ち上がる。
「…神楽?」
「散歩、行かないの?」
新鮮な空気を吸って、気分転換に庭でも歩けば、少しはこのモヤモヤした気持ちが晴れるかもしれない。
「……しょうがねェな。じゃあ、行くとするかィ。」
うるさい酔っぱらい達はマヨに任せて、私とサドは部屋を後にした。