memorial
□アイツは私の執事様?
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不意にコンコンとドアを軽くノックする音が部屋に響く。
「失礼します。」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、たった今話題に上っていた人物だった。
その瞬間、感じたのは何とも言えないような気まずさ。
「…志村さん、旦那様がお呼びです。」
一瞬の間を置き、坂田は静かに口を開いた。
「…えっ、あ、ハイ。わ、分かりました。あ、でもお嬢様のお茶がまだ…」
そう言って私の方に目を向けた新八に、後は自分でできるからと言おうとしたけれど、それは低い声に遮られてしまう。
「お嬢様のことは私に任せて下さい。」
その口調はどこか有無を言わせないような響きで。
「えっと…じゃあ、お願いします。」
頭を下げて申し訳なさそうに部屋を出ていく新八を見ながら、その新八をどうせまたしょうもない用事で呼びつけたであろう父親に、私は内心舌打ちをせずにはいられなかった。
「どうぞ。」
「…あ、ありがとう。」
温かいミルクティーの入ったカップを受け取り、それをコクリと一口。
いつも飲んでいるものよりも甘いそのミルクティーは、だけどもしつこくなくて口の中にフワリと優しく広がった。
「…おいしい。」
「お気に召して頂けて良かったです。」
「もしかしてコレ入れたのって…」
「はい、私が入れました。お嬢様のお口に合うかどうか不安でしたが…」
「ううん、すっごくおいしい。」
もう一度そう言うと、彼は照れたように小さく「ありがとうございます。」と礼を述べた。
「あの…さっきの私達の話聞いてた…?」
お茶を飲み終わった後、私は気まずい空気を払拭しようと思いきって切り出してみた。
『私が見た限りではとても執事には見えなかったネ。本当にアイツ、執事なのカ?』
『まぁ、あの見た目ではそう思ってしまわれるのも分からなくもないですが。』
すると、彼は申し訳なさそうな表情で答えた。
「…すみません。盗み聞きをするつもりはなかったのですが…」
「う、ううんっ!私の方こそ…見た目で怪しいとか決めつけちゃって…」
「イエ、いいんです。…こういう事は慣れていますし。」
そう言った彼の目がどこか寂しそうに見えて。
「話、聞かせて!私、坂田さんの事知りたい!」
思わずテーブルから身を乗り出すようにして、私は彼の両手を取っていた。
その瞬間、彼がニヤリと口の端を上げた事に気づきもせずに。
「それは良かった。」
思いの外明るい声が返ってきたと同時に、目の前に影ができる。
見上げた先には嬉々とした表情の坂田の顔。
「私もちょうどお嬢様に私のことをもっと知って頂きたいと思っていましたので…」
そう言って顔に笑みを貼り付けたままゆっくりと近づいてくる。
「え、えっと、あの…」
突然の変わりように驚いて後退ろうとするも、すぐにソファーにそれを阻まれ、その拍子によろけてしまう。
その瞬間を逃さず、坂田は私の腕を掴んで自分の方に引きよせた。
大きな手が私の頬を包む。
自然と2人の目が合う。
坂田の目には戸惑う私の姿がはっきりと映っていた。
そして、甘い香りが鼻を掠めた瞬間。
そのまま私の思考は途切れてしまった。
重なった唇とうるさいくらい響く鼓動、一気に上昇する体温。
それら一つ一つを私が理解できたのは、彼の唇がゆっくりと時間をかけて離れた後だった。