memorial
□Memories
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「ん?何だコレ…」
探し物をして押し入れを探っていたら、見覚えのない古い黒の皮表紙の手帳とカレンダー程の大きさの紙が筒状に丸められたものを見つけた。
少し埃の被ったそれらを手に取ったのは単なる気まぐれだった。
一見何の変哲もないものだが何となく目を惹かれたのだ。
少年は探し物を中断し、まずはその筒状に丸められた紙を開いてみることにした。
年代物らしく以前は真っ白であっただろう紙は黄みがかっているそれは、ひょっとすると父親が昔隠し持っていたグラビアのポスターなどではないかと思ったが、その予想は違った。
「コレって…」
真ん中には大きな犬の足跡、その上に色褪せた一枚の写真が貼ってあって一番下には『万事屋銀ちゃん』の名前。
「昔の万事屋のポスター…?」
呟いた少年ーーー坂田銀楽は母親譲りの青い瞳をパチリと瞬いた。
*
「うわァ、ずいぶん懐かしい物を見つけたね!」
そういや一度万事屋の宣伝用にポスターを作ろうって話になったんだよねと、古びたポスターを開きながら新八は嬉しそうに声を上げた。
「やっぱり。でもさ、何かこの写真って父ちゃんはともかく母ちゃんと新八さんスゲェ若くね?」
「ハハッ、そりゃそうだよ。この時の僕らはまだ十代だったし。神楽ちゃんなんて今の君と三つか四つしか年が違わなかったからね。」
「マジでか!え、そんな昔から父ちゃん達一緒にいたのかよ!?」
紙の表面を優しく撫でながら懐かしいと目を細めるのは、銀楽が小さい頃からよく知っている大人の新八だ。
根っからのツッコミ気質で地味だけど真面目で優しい、もう一人の家族のような存在。
写真の中のメガネの少年に目をやると、ドヤ顔の父と母に押しのけられて少しマヌケな顔を晒していた。
そこから見るに彼ら三人の関係は今とそんなに変わらない気がする。
二人して新八をからかい、それに対して新八も全力でツッコミを返す。
もうとっくに良い年をした大人なのに、時折見かける三人のやり取りは、自分と同じか下手するとそれ以下のまるで小さな子供の喧嘩のようにくだらないものだったりする。
ならば、父と母二人だけの場合はどうだったのだろうか。
ふと、銀楽は思った。
「なァ、父ちゃんと母ちゃんって昔はどんな感じだった?」
新八から見た昔の二人は一体どのような関係だったのか。
「ん?そうだなァ…まぁ、今でこそバカップルよろしく良い年してイチャイチャしてるけどねェ…」
呆れたような新八の表情に銀楽も同意するよう思いっきりウンウンと頷いた。
夫婦仲が良いのは喜ばしいことだけれど、目の前でイチャつかれると息子の自分としてはーーイヤ、息子でなくとも人のイチャつく様を見せられるのは何とも居心地が悪いのだ。
まだ新八みたいに自然にスルーすることが出来ないのは、経験の差というものだろうか。
「…ん?今、新八さん"今でこそ"って言った?」
つまりはあの二人のラブラブっぷりは昔からではなかったのか。
「ああ、うん。この頃の僕も…それにたぶん銀さんと神楽ちゃんも、今こんな風になってるなんて全く想像もつかなかったと思う。」
写真の中の三人と一匹を優しく見つめるその丸いメガネには、銀楽の知らない昔の日々が浮かんで見えているのだろうか。
「銀さんも神楽ちゃんもお互いのことをすごく大切に想ってるのにさ、その気持ちが何なのか二人して気づいてなかったんだよね。」
こっちが焦れったくなるくらいだったよ、と笑う。
「まぁ、いろいろ…本当にいろんな事があった末にようやく二人はくっついたんだけど、それからの銀さんの変わり様には驚いたなァ…」
「どんな風に変わったの?」
「そうだね、何て言ったらいいのかな…一言で言うなら優しくなったっていうか…イヤ、それより前から優しいとこももちろんあったんだけどさ、あの人不器用だからそれが伝わりにくいこともよくあったんだ。」
だけどね、と新八は銀楽の頭にそっと手を置いて続けた。
「神楽ちゃんと想いが通じ合って、彼女がそれまで以上に大切な存在になった。だからこそ、銀さんはその大切な人と過ごす時間をとても大事にするようになったんだ。ああホラ、この手帳を見ればそれがよく分かるよ。」
ポスターと一緒に銀楽が押し入れから持ってきた手帳を、新八は大事そうに手に取る。
薄く被っていた埃を丁寧に払いパチリと手帳のボタンを外すと、一番最初のページを開いて銀楽へ渡した。
「これを見てごらん。」
そこには見開きのページいっぱいに少しクセのある父の字が所狭しと並んでいた。
よくよくその文字を見ていくと、銀楽はある事に気づく。
『お前を誰よりも幸せにする』
『ずっと傍にいてほしい』
『俺と結婚してくれ』
「…あのさァ、コレって…」
「ソレ、僕が練習相手になってあげたんだ。銀さん最初はセリフを噛みまくりでさァ…」
あれはもうほんと大変だったよ、と可笑しそうに笑う新八の言葉は銀楽の耳に入ってこなかった。
どうやら父はプロポーズの言葉を相当迷っていたらしい。
シンプルな一言や逆にとても回りくどいセリフ、中にはなぐり書きでそこに至るシチュエーションを事細かにメモしている部分もあった。
それらを順に一つ一つ読んでいく毎に、自分のことでもないのにひどく恥ずかしくて叫んでしまいそうになったので、銀楽は慌ててページを先へと進めた。
その中に小さくかろうじて読める『愛してる』の言葉が何重もの横線で消されているのは見なかったことにして。
次に目を引いたのは、見開きページに大きく書かれた日付と時間だった。
字が少し震えているような気がするが、この日に何か大切な用事があったのだろうか。
ページをジッと見つめていると、横から覗きこんだ新八がその数字を見て苦笑した。
「ああ、その日のことは僕もよく覚えてる。いろんな意味で強烈な一日だったよ。」
「この日に何があったの?」
「結婚の挨拶に行ったんだよ。星海坊主さん…つまり君のおじいさんにね。」
「じいちゃんに…」
思い浮かぶのはいつもニコニコと目尻の下がった顔で頭を撫でて可愛がってくれる祖父の姿。
「僕も銀さん達について一緒に行ったんだけどさ、銀さん会う前からガッチガチに緊張しちゃってて。…まぁ、結婚の挨拶って僕も経験があるし気持ちは良く分かるんだけど。それに相手は何てったって宇宙最強のえいりあんハンターだからね。」
「え、もしかして殴り合いとかになったんじゃ…」
確かに父と祖父は顔を合わせる度にハゲだの白髪天パだの罵り合いをしているし、とても仲が良いとは言えない。
「うん、僕も行く前まではそうなるんじゃないかなって思ってた。でも…」
そうじゃなかった。
新八は言葉にしなかったが、銀楽にはすぐに分かった。
「…銀さんさ、星海坊主さんの顔を見るなり土下座したんだ。頭を床にくっつきそうなくらいに下げて…それから静かな声で、だけどはっきりとこう言ったんだ。"必ず神楽を幸せにします"って。」
「………。」
「星海坊主さんはただそれを黙って見てたんだけど…しばらくして彼も銀さんと同じように頭を下げたんだ。"娘をよろしく頼む"って。」
銀楽は目を閉じてその光景を頭の中で想像してみたが、普段の二人の子供みたいな口喧嘩をしているイメージが強すぎてどうしても浮かんではくれなかった。
「僕、もうそれを見た瞬間泣いちゃって……神楽ちゃんに何でお前が泣いてるんだって呆れられたんだ…」
ハハ、と少し恥ずかしそうに笑うと、新八はページをゆっくり一枚ずつめくって見せながら銀楽にいろんな話を聞かせてくれた。
中でも一際目立っていたのは、見開きで大きく赤いペンで描かれたハートマーク。
その中心には『銀ちゃんと神楽の結婚式!』の文字と日付が書いてあり、新八曰く、母が式の日が決まった時にとても嬉しそうに書いていたのだという。
隣でその様子を見守っていた父の表情は今まで見たことないくらい優しかったとも話してくれた。
それからまた一枚ずつめくっていくと、結婚式の準備のメモや万事屋の仕事のメモ、たまに日記という程ではないがその日の出来事がごちゃごちゃと書かれており、それを読んでいるだけで銀楽は昔の万事屋の日常風景を感じることが出来た。
きっと今と同じようにたくさんの人と触れ合い、時には喧嘩をしたりもして、毎日が騒がしかったんだろう。
あるページにはこんな事が書いてあった。
いくつかの美容院や床屋の名前と、その後ろにそれぞれの店の値段ーーーおそらくストレートパーマの値段だろう。
しかし、その下には母が描いたであろう可愛いウサギのイラストがあって、その吹き出しの中には『金と時間のムダ!』と一言。
それを目にした瞬間、銀楽は新八と揃って吹き出した。
銀楽も父と同じ銀髪の天パだったが、それほどストレートになりたいとは思っていない。
雨の日などは少しうっとおしいが、母は自分の髪を好きだと言ってくれるし自分でも結構気に入ってたりする。
(でも、このメモを見た時の父ちゃんの顔は見てみたかったな。)
きっと見物だったに違いない。
それからまたいくつかページをめくっていくと、今度は黒いペンで『出産予定日』と書かれたページを見つけた。
その日付は銀楽の誕生日と同じで、その後に続くページには、走り書きのメモがたくさんあってそのどれもが共通して『妊娠』『出産』『子育て』に関するものだった。
例えば、『つわりには匂いのキツイものは×』と大きく書いてある下にはいくつかの食材の名前がメモしてあったり、どういった物が食べやすいか、またそれらも症状には個人差があるので注意しないといけない、などといったメモがびっしり書いてある。
かと思えば、その横の空いたスペースに焦ったような文字の走り書きで『ヒッヒッフー!』とだけ書いてあるのには笑ってしまった。
「神楽ちゃんのつわりがひどくてね、銀さん時間があれば本でいろいろ調べたり、お登勢さんに聞いたりして…アワアワしながらもすごく献身的だったよ。」
「へえ…」
新八の言葉を聞きながら、銀楽は自分が今よりもっと小さい頃に風邪を引いて熱を出した時のことを思い出した。
朧げな記憶だが、確かちょうど母が祖父の仕事の手伝いで数日家を留守にしていた時だ。
父が付きっきりで看病してくれたのだが、その父は子供の自分から見ても分かるくらいオロオロと不安な表情をしていて、時々様子を見にきてくれたお登勢が呆れてしっかりしろと叱るぐらいだった。
だけど、その後にも何度か熱を出して寝込んだことはあったのに、その時ほど動揺した父を見たことはない。
何故だろうと考えてすぐに答えに思い当たる。
『しっかりするヨロシ、銀ちゃん!』
いつも隣で父の背中をバシッと叩きながら、力強く励まし支える母の姿が浮かんだ。
(あの時は母ちゃんがいなかったから…)
『全く、男ってのは女がいないとすぐダメになっちまうんだねェ…』
あの日お登勢が呟いていた言葉に、銀楽はなるほど確かにそうだと納得した。
そうしてまたページを進めていくと、今度はおそらく一人だけじゃなく何人かで書いたであろうページを見つけた。
筆跡がそれぞれ違っていたからだ。
『金時』や『万時』の文字から自分の名前を考えていたのだとすぐに察したが、『アホの坂田』や『シルバーJフォックス』というのはネタなのか本気なのかいまいち分からなかった。
他にも名前の候補はいくつかあったが、『銀時』と『神楽』の文字の下に書かれた『銀楽』に赤ペンでグルグルと丸がされているのを見て、銀楽はフッと微笑んだ。
そして、次のページにはモコモコの綿アメみたいな生物とウサギと犬とメガネのイラストが描いてあり、吹き出しには『坂田銀楽』の名前。
それでページは最後だった。
ふと、銀楽は裏表紙に一枚の写真が挟んであるのに気づいた。
取り出してみると、それは母親に抱かれて気持ち良さそうに眠っている赤ん坊の写真だった。
裏返してみると、写真を撮った日付と、そしてーーー
『生まれてきてくれてありがとう』
『家族になってくれてありがとう』
銀楽は鼻の奥がツンとするのを感じながら、何度もその言葉を読み返した。
隣で聞こえるズルズルと鼻を啜る音には気づかないフリをして。
*
『おーう、帰ったぞー。』
『ワンッ!』
『ただいまヨー!』
ガラガラと玄関の戸が開く音と、次いでよく知る三つの声が聞こえてきた。
『散歩の帰りに偶然会ってよォ…』
おかげで荷物持ちさせられるハメになっちまった、なんてブツブツと文句を言っているが、きっと偶然ではないのだろうと銀楽は思った。
買い物に行くと母が出かけた少し後、いつもは腰が重い父が珍しく自分から定春の散歩に行ってくると言い出したのだ。
「…全く、銀さんって変なとこで素直じゃないよねェ。」
新八もとっくに分かっていたようで二人して顔を見合わせて笑う。
居間に入ってきた二人と一匹は、新八と銀楽を見て不思議そうな顔をした。
「…何ニヤニヤしてるアルか、二人共。」
「どうせエロイことでも考えてたんじゃねェの?」
気怠げに頭を掻きながら、銀時はよっこらせとソファーに腰を下ろした。
「まさか、銀さんじゃあるまいし。」
「まさか、父ちゃんじゃあるまいし。」
憎たらしい笑みを浮かべているのがまた腹が立つ。
後でこの手帳を見せて聞いてやろうか。
結局プロポーズにはどの言葉を選んだのか、と。
後ろ手に隠した古ぼけた手帳を握りしめながら、このしまりのないニヤケ顔が慌てるところが見られるならそれも面白いかもしれないと銀楽は小さく笑った。
「おかえり、父ちゃん母ちゃん!」
「「ただいま。」」
end.