memorial

□desire
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「しばらく泊めてほしいアル。」


そう言って、風呂敷包みを背負ったお団子頭はペコリと頭を下げた。

その光景に、新八とお妙は驚いたように顔を見合わせ、それから困ったようにまた神楽へと視線を戻した。

「神楽ちゃん、こんな時間にどうしたの?銀さんは?」

新八の問いにピクリと反応した神楽は仏頂面で答えた。

「…あんな天パのことなんて…もう知らないネ…」

そう言って、ほんの一瞬寂しそうに目を伏せる。

それに気づいた姉弟は何か事情があるのだと察し、微笑んで神楽を迎え入れた。

「とにかく外は冷えるし、詳しい話は中に入ってからにしましょう。」

「…そうですね。」

「さっ、上がって神楽ちゃん。」

「…ウン。」


時刻は午後六時を少し過ぎた頃。
このところ一気に日が暮れるのが早くなり、外はもうすっかり真っ暗だ。

頬に当たる風も冷たく、そんな中上着を羽織りもせずにやって来た神楽の身体は冷えきっていた。


「ハイ、どうぞ。」

「ありがとう、アネゴ。」

暖かい緑茶が入った湯のみを両手で包むように持ってコクリと一口。

喉をゆっくりと通っていく熱に、神楽はホウッと息をついた。

「それで…」

神楽が人心地ついたのを見て、新八は切り出した。

「銀さんと何かあったの?」

「………。」

「無理して話す必要はないけれど、私達で良かったら相談に乗るわよ。ねェ、新ちゃん?」

「ええ、姉上。」

「アネゴ…新八…」

ニコリと優しい笑みを浮かべるお妙と新八に、神楽は泣きそうな顔で小さく頷いた。

「…銀ちゃん、最近私のこと…避けてるアル…」

ポツリ、ポツリと神楽は話し始めた。


初めに感じたのは、ほんの僅かな違和感。

夜、飲みに出かけた銀時が、朝まで帰ってこないなんてことは今までも何度もあった。

朝起きると玄関に酔い潰れた銀時が転がっていて、それを介抱するのはいつも自分だった。

「このマダオめ…」と呆れつつも、うわ言のように何度も自分の名前を呼ばれると、それが嬉しいと思ってしまう自分がいて、恥ずかしさを誤魔化すようにいつも少し乱暴に敷きっぱなしの布団に銀時を転がしていた。

だけど、最近は。

銀時が飲みに出かけた翌朝、神楽が目を覚ますと銀時がもうすでに起きている、という光景が多くなった。

ソファーにだらしなく寝そべりテレビを見たり新聞を読む姿は普段通りの銀時のそれだが、だからこそ神楽は違和感を感じた。

あまりにもいつも通りすぎるのだ。

今までなら、飲みに出かけた次の日は、朝帰りだろうがそうでなかろうが二日酔いで中々布団から出てこようとはしなかった。
放っておけば、一日中布団の中で過ごそうとするほどに。

無理やり起こそうとすると、逆に布団に引きずりこまれ、酒臭い身体に抱き枕にされることも何度かあった。

その度にアッパーを喰らわせて強制的に布団から叩き出していたが、本当は照れ隠しだということも神楽は十分自覚している。

甘えられている、そう思うと面倒な二日酔いの介抱だって苦にはならないし、むしろ嬉しいとさえ思えた。

だからこそ、神楽は銀時の突然の変化に戸惑った。

「…飲んでくるって言って出てったのに、帰ってきたらお酒の匂いが全然しない時もあるし…」

飲みに出かける頻度も増えたように思う。

今日だってそうだ。
日が落ちるより少し前、飲んでくると一言告げたかと思うと、銀時はこちらに目を向けもせずにあっという間に出て行ってしまった。

「…そう言えば、最近僕が万事屋に行くともう銀さん起きてること多いかも。でもそれだけじゃ…」

「それだけじゃないネ。銀ちゃん、私の顔見ようとしないアル。話してる時もあんまり目ェ合わそうとしてくれないネ…」

理由は分からないけれどきっと嫌われたに違いない、俯いてそう小さく呟いた神楽の目から涙が零れ落ちた。

あるいは、もしかしたら銀時の心の内に既に自分ではない他の誰かがいるのかもしれない。

それなら銀時は今頃ーーー悪い考えが次から次に浮かんできて、それに比例するように涙が溢れてくる。

どうしてこんなに不安になるのか、神楽にも分からない。

弱気な自分が情けなくて仕方がなかった。

「そんなことあるハズないだろ。銀さんが神楽ちゃんのことをとても大事に想ってるのは僕が一番良く知ってる。きっと何か訳があるんだよ。」

「そうよ、神楽ちゃん。確かにあの人はマダオでヘタレだけど、神楽ちゃんのこと…」

「マダオでヘタレで悪かったな。」

不意に聞こえた声。

「ぎんちゃ…!」
「「銀さん!」」

「新八、お妙、悪ィけど二人にしてくれねェか。神楽と話があんだ。」

「いや、でもっ…」

新八が困ったようにチラリと神楽を見た。

「いいか?」

その声音は、相手に尋ねているという割には有無を言わせないものだった。

一瞬の間が空き、お妙が静かにため息をつく。

「分かりました。私達は席を外すわ。行きましょ、新ちゃん。」

「えっ、でも姉上…!」

「その代わり、神楽ちゃんにきちんと説明してあげて下さいね。万が一これ以上泣かせるようなことになったら許しませんから。」

そう言いながらグッと強く握りしめた拳を見せると、お妙は新八の手を引いてその場から出ていった。


途端に部屋はシンと静まり返り、時計の秒針の音だけが妙に大きく聞こえる。

「…神楽…」

名前を呼ばれた神楽は小さくビクリと身体を震わせた。

話とは一体何なのだろうか。

もしかして、と先程まで頭の中を占めていた嫌な予想に思い至り、それが現実になるのかと思うと怖くて銀時の顔を見ることが出来なかった。

「神楽、こっち向いて。」

思っていたよりも優しい声に俯いていた顔を上げると、いつの間にか銀時がすぐ隣に来ていた。

「銀、ちゃん…」

ゆっくりとこちらに向かって伸ばされる手を目で追うと、左の頬が暖かく大きな手のひらに包まれた。

(あったかい…)

その温もりに触れたのは久しぶりだった。

この手はいつだって暖かいーーそんなことさえ忘れかけていたくらいに。

銀時を好きになって、もっと銀時のことを知りたいと思った。

想いが通じ合って、もっと銀時に触れたいと、そして自分に触れてほしいと思った。

初めて身体を重ねた時は、痛みよりも嬉しさが勝って思わず子供みたいに泣いてしまった。

もっと、ずっと。

膨れ上がる想いは止めることなど出来ず、だけどそれはきっと自分だけではなく銀時も同じなんだと思っていたのに。

避けられていると気づいた時は悲しくて苦しくて、だけどどうしていいか分からなかった。

銀時しかいらない、銀時以外なんて考えられない。

そう思うのに、何故と問いつめることが怖くて出来なかった。


「…すまねェ…」

告げられたのは謝罪の言葉だった。

その真意は一体何なのか。

別れてほしい、とそう言いたいのだろうか。

再び溢れてきた涙に、銀時はこちらの考えが分かったのか、そうじゃないと小さく首を振った。

「…ゴメン、な。不安にさせちまって…」

そう言って親指で涙の跡を拭う手付きは少しぎこちない。

それが寂しくて、神楽は自分の手を銀時の手にそっと重ねた。

途端にそれはピクリと驚いたように小さく跳ねる。

「…銀、ちゃん…私に触るの、嫌アルか…?」

「かぐ…」

「私はっ…!私は、銀ちゃんが好きだから…だからもっといっぱい銀ちゃんに触りたいし、銀ちゃんにも触ってほしいネ!」

いつからか銀時は自分に触れようとしなくなった。

好きなら触れたいと思うのはごく自然のこと。

なら、どうして。

「ーーーああ、もうっ…!」

気づけば、神楽は銀時の腕の中にいた。

「…ぎ、っんん…!?」

きつく抱きしめられ久しぶりに銀時の匂いを感じたと同時に、顔を上に向けさせられ唇を塞がれた。

「…っ、ん…ふ…」

長く深い口付けに、目の前の胸を叩いて息苦しさを訴える。

ようやく解放された神楽は、しかし荒い呼吸を落ち着かせる間もなく再び銀時の腕にきつく抱きしめられていた。

「…ぎん、ちゃ…?」

突然の出来事による戸惑いと、銀時に触れられているという喜びと。

混乱する神楽の耳に深いため息が聞こえてきた。

「…悪ィ…」

銀時は神楽の肩口に顔を埋めると、抑えがきかなかったと小さな声で続けた。

「え…?」

「…最近、俺がお前を避けてたのは気づいてたろ?」

「……ウン。」

「…不安にさせてんのは分かってた。けど、ああでもしねェと自制出来なくなりそうだったからよ…」

「どういうことアルか?」

問えば、銀時がゆっくりと顔を上げた。

その表情は少し困っているようで、頭をガシガシと掻きながら言い辛そうに呻いた。

「あー、その…な。お前を避けてたのは、お前の傍にいるのが嫌って訳じゃなくて、むしろ逆っつーか……時間とか場所とか関係なくンな事ばっか考えちまうから…」

「そんな事って?」


「お前を抱く事。」


「…っ…!」

カッと一瞬で顔だけでなく首まで赤くなってしまった神楽に、銀時は「ガキみたいだろ?」と苦笑した。

「…ほんと情けねェけど、余裕なんて全然なかったんだ。お前を初めて抱いた時も無理させちまって…」

好きになって、もっと知りたいと思った。

想いが通じ合って、もっと触れたいと思った。

身体を重ねれば、もっと、何度でもと、一度知ってしまった欲は満たされるどころか膨らむばかり。

泣かせるつもりなんかもちろんなくて、優しくしたいと思っていた。

だけどそんな気遣いは、愛しい彼女の身体に溺れてしまえば、あっという間に消え去ってしまった。

傷つけてしまうのが怖かった、と銀時は言った。

好きだから、大切に想うから。

だからこそ触れることを躊躇うようになってしまった、と。

「ゴメンな。」

「…銀ちゃんは、私のコト何も分かってないネ…」

「………。」

「…私があの時泣いたのは、嬉しかったからアル。」

「神楽…」

嬉しいと思った。
幸せだと思った。

「それに、私はそんなにヤワじゃないアル。この神楽様をあんまり舐めんなヨ。」

「…ああ。」

「だからネ、銀ちゃん……もう、離れちゃヤーヨ…」

「ああ。」

声が震えていたのはどちらだったのか。

「…泣くなよ、お妙に殴られる。」

「泣いてないアル…」

「嘘つけ。」

二人はお互いをきつく抱きしめ合うと、額を合わせて笑った。

「…銀ちゃん。」

「ん?」

「帰ったら…いっぱい触ってネ?」

「ぶっ…!?おまっ、何言って…!」

神楽は慌てる銀時の唇に掠めるように口付ると、ニヤリとからかうような笑みを浮かべた。

そうして腕の中からスルリと抜け出すと、新八とお妙の元へと部屋を出ていった。

襖が閉まると同時に、その場に一人残された銀時は大きく息を吐いて片手で赤くなった顔を覆いながら弱々しく呟く。

「…触るだけじゃ済まねェぞコノヤロー…」

敵わない、と思った。

本当なら大人の余裕で神楽に優しく接して安心させてやりたかった。

だけど、彼女を抱いた自分は余裕なんて欠片もなくて、みっともなく逃げるしか出来なかった。


『いっぱい触ってネ?』


部屋を出ていく時に耳まで真っ赤に染めていた可愛い恋人の後ろ姿を思い出す。

「…ったく、ほんと敵わねェよ…」

余裕なんてなくてもいい。

みっともなくても構わない。

彼女がそれを望むのなら。


覚悟しとけ、と小さく笑って銀時もまた部屋を後にした。




end.
 

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