memorial

□Will you marry me?
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翌朝の気分は最悪だった。

グラグラと揺れる視界、それから胸のムカつき。

オマケに、固い床の上で寝ていたせいで体中あちこちが痛い。

壁に掛かった時計に目をやると、いつもよりまだだいぶ早い時間だった。

「…何でこんなトコで寝てんだっけ…?」

記憶の糸を手繰り寄せて二日酔いの頭で何とか思い出したのは、酔った勢いで口走ってしまったプロポーズ。

「あー…そうだった…」

ガリガリと頭を掻いて嘆息する。

そうして、ふとある事に気づいた。

家の中の自分以外の気配がないという事に。

のろのろと立ち上がり、神楽が今でも寝起きしている押し入れを見に行くと、案の定その中は空っぽだった。

定春もいない。

こんな朝早くから散歩に出かけたのだろうか。

それとも、まさか。

ドクンと心臓が大きく脈を打つ。

不意に浮かんだ考えに、俺は慌てて玄関へ向かった。

玄関までのほんのわずかな距離が遠く感じて、焦って縺れそうになる足に力を込める。

靴を履く時間すら惜しくて裸足のまま外に出ようと戸に手をかけた瞬間、それは先に外側から開けられた。

「………!」

そこに立っていたのは、たった今まで探していた人物で。

驚いたように立ち尽くしているその細い腕を、思わず掴んで抱き寄せた。

「ぎ、銀ちゃんっ!離してヨ…!」

「………。」

「ねえ、銀ちゃん…!」

腕の中で抵抗する神楽に構わず、抱き締める力をいっそう強めた。

自分でも分からないくらい必死で、だけど離すつもりなんて毛頭ない。

いつもそばにいるのが当たり前で、いなくなるなんて考えたこともなかった。

否、考えようともせず、本当は神楽が俺から離れる訳がないと自惚れていた。

だからこそ、さっき浮かんでしまった"もしかしたら"が本当になるかもしれない事に吐き気がした。

きちんと伝えるべき言葉を、無意識とはいえ今まで先延ばしにしてきたツケが回ってきたのだと。

「…どこにも、行くんじゃねェ…!」

上手く声が出ない。

それでもどうにか絞り出したそれは情けないくらい震えていた。
 
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