treasure

□密やかな野望。
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パンパーン!
0時とともにクラッカーの弾ける音と一斉に祝いの言葉の海。


「金さんおめでとう。」
「金さん素敵な1年になるといいわね。」
「Happy birthday、金さん!」


次々と祝いの言葉をかけられる。
せわしなく客席を周りながら1つ1つ礼を言いつつさりげなく目的の彼女を捜す。
案の定フロアには現れていない。

自分の誕生日は毎年店総出で祝ってくれる。
歌舞伎町のNo.1ホストの誕生日は格好の稼ぎ時。
ケツ顎がそんな日に休むことを許してくれるはずもなく。


「金さん、これ誕生日プレゼント。よかったら使ってね。」
「もちろんだよ〜ありがと。あれ?香水変えた?」
「そうなの。この日のために変えてみたわ。」
「似合っているよ。前の香りは清純そうな感じで清潔感溢れててよかったけど、今回のは甘くて随分魅惑的だ。美味しそう。」
「金さんたら…」


いつの間にか女性を喜ばす言葉が口からスルスル出るようになっていた。
おかげで自分でもどれが真実だか分からない。
思ったことしか口にしていないつもりだが、どれも薄っぺらいようにしか聞こえないだろう。
それでも、彼女たちは喜ぶ。


一通り挨拶を終え、新八を見つけると、トイレ、と耳打ちし席を外す。
すでに0時から2時間は過ぎようとしていた。
新八は疑わしそうな目を向けてきたが、ここまでサボらずにいたこと自体に満足しているのか何も聞かずに頷いてくれた。

笑顔を残してその場を去り、スタッフルームへと足を向ける。


「はいるぞー。」


ノックもせずに言葉だけかけ、ドアを開ける。
身の丈に合っていない大きな椅子に座り重厚な机に向かいながら書類を読んでいた神楽が顔を上げた。
デスクワークをしている時にだけかけているメガネはまるで普通の会社のOLかのように思わせる。


「まだ営業時間ネ。」
「固ぇこと言うなよ。」


無言のままかけていたメガネを取ると人払いした。
承諾した、ということだろう。
机のそばのソファーに腰掛け、護衛達が部屋を出て行くのを見送る。
最初の頃は部屋を金時だけにして敵対組織に踏み込まれたらどうするんだと護衛達には散々言われたが、こちらの腕っ節を認め、今は大人しく退出してくれる。


「我儘も今日だけは許してやるヨ。」
「それはどーも。」


神楽はそう言いながら冷蔵庫から苺牛乳と取り出し、グラス2つと小さな皿に注ぐ。
匂いをかぎつけて定春がしっぽを振りながら近寄ってきた。


「定春はここで飲むヨロシ。」


皿を冷蔵庫近くに置き、優しく頭を撫でている。
定春はいいから自分に先に構って欲しい。
口が裂けてもそんなことは言えないけれど。
定春が嬉しそうに飲むのを見て満足したのかやっとグラスをもって自分の処にやってきた。


「はい。お酒よりこっちがいいダロ?」
「あぁ、ありがてぇ。」


甘い甘い苺牛乳。
神楽が好んで飲んでいたので真似して飲み始めたが、最近は自分の方がはまっているように思える。
クセになる甘さ。
まるで彼女のように。


「…オレに言うことないの?」
「言って欲しいの?」
「……」
「みんながたくさん言ったはずネ。聞き飽きただろうと思ってたヨ。」
「神楽の口から聞きてぇんだけど。」


拗ねた顔を見てプッと神楽が吹き出す。
そのせいでますます顔はふてくされてしまう。


「色男が台無しアル。」
「こんなオレは嫌いか?」
「嫌いじゃないアル。」


そう言うと耳元に口を寄せてきておめでとう、と囁いてきた。
ただ囁かれただけなのに。
神楽がそれをしたことで全身に痺れが走る。


「誕生日プレゼントは何がいいアルか?」


ゆったりと首に両腕を回し膝に乗ってきた神楽は挑むように聞いてきた。
神楽が欲しいと言えばくれるのだろうか?
いや、体よくあしらわれるのが関の山だ。


「時間…」
「え?」
「時間をくれ。」
「休暇ってことカ?」
「違ぇよ。お前ぇの時間をオレにくれ。1日でいいから。」
「……ずいぶんな我儘アル。」
「1年に1回のおねだりだからいいだろ?」


しばらくキョトンとした顔をしていたが、やがてニッコリ笑うと膝からおり、机へとむかっていった。
タイムリミットらしい。


「近いうちにスケジュール調整させるネ。神楽様の貴重な1日をあげるんだから、退屈させたら承知しないアル。」
「させねぇよ。」


気分が今から高揚しているのが分かる。
神楽と過ごす1日。
楽しみだ。


目的も果たし、仕事に戻ろうと腰をあげ神楽を見ると、もう書類と向き合っている。
マフィアのデスクワークって一体何をしているのだろうか?
興味はあれどこの世界は余計な詮索はしないに限る。
そう思いながら大人しく出て行こうとドアを開けて廊下に踏み出したとき。


「金ちゃん。」


神楽の呼ぶ声が聞こえた気がして振り向くとやはり奥の机のところからこっちを見ていた。


「?」
『弱虫。』


声には出さなかったが。
確かに神楽はそう口を動かした。
え?と思った瞬間護衛達がワラワラと部屋に入っていき遮られた。
他の人間がいる以上聞き返すこともできやしない。


「……なんだよ…言えばよかったのかよ…」


己の失態に愕然とする。
1日貰えると思っていた高揚感もどこへやら。
いや、1日貰えることだって凄いことだ。
だが『神楽自身』を貰えるのに比べたら。
気紛れな彼女のこと。
今度はいつそのチャンスが回ってくるか分からない。


「とりあえず…貰った1日のうちにダメ元で言ってみるか……」


それがダメならまた来年の誕生日。
言わなきゃ結果は分からない。


「弱虫ねぇ。オレに言えるのは神楽ぐらいだな。」


ニヤリとしながらそう呟くとまだ終わりそうにないバースデーパーティーへと足を向けた。






「密やかな野望。」end.
 

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