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□愛及屋烏。
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「神楽。」


寝顔はこんなにあどけないのに、弱冠18歳にしてチャイナマフィア夜兎のドンである少女を優しく起こす。
これだけは誰にも譲れない自分の日課。
たとえ気を許している新八だったとしても。


「…金ちゃん…おはよう…」
「あぁ、おはよう。」


寝起きの擦れた声は少女の無防備さを表しているようで、ちょっとした優越感に浸れる。
少女はいつもと同じように挨拶を済ますと、細いしなやかな体をするりとベッドから出し、浴室へと向かった。
間もなくシャワーの水音が響きだすと、脱衣場に着替えとバスタオルを準備する。
これも誰にも譲れない自分の日課。


当時ドンに就任したばかりの神楽に拾われて3年の月日が経とうとしてる。
3年の間に新八から頼まれホスト業もはじめ、お客もたくさんついたが、あくまでも自分本来の役割はこっちだと思っている。


神楽のそばで、彼女を守ること。


それ以上でもそれ以下でもなく。


はるか年下の彼女に甘く縛られるのは悪くない。
それどころかむしろこのままで居続けたい。
柔らかな刺に包まれて彼女の香に攻められたい。


そんな願いを内に抱え込んでいるなんて、神楽は想像もしていないだろう。
いや、分かっていながら、だからこそ、自分を利用しているのかもしれない。
そうでなければ、巨大組織をこの若さで、しかも女手で纏めるなんて無理なのだから。
だが、そんな狡猾さすら愛しい。
このまま自分を溶かしてくれればいいのに。


「金ちゃん。」


シャワーを浴びて目が覚めたのか、さっきよりは幾分はっきりした口調で自分を呼び寄せる。

ドレッサーの前に座る神楽の艶やかな髪を一房手に取り、ゆっくりと口付ける。
シャンプーの微香に口元が弛む。
その様子を鏡越しに見た神楽がクスッと笑った。


「金ちゃん、いつも結う前にそうするアルナ。」
「まじないだよ。」
「何の?」
「今日もお前ぇが無事でいられるようにってね。」


優しく神楽の髪を梳きながらそう答えると、神楽はフフッと笑い、やはり鏡越しに自分を見た。


「私は大丈夫アル。だって金ちゃんがそばで守ってくれるでしょう?」


神楽が当たり前のように口にした言葉に、お互いの想いが一緒のように思え、少し嬉しくなりながら彼女の髪を結う。
気持ちよさそうに目を瞑る様子に、やっぱりこれも譲れない日課だと独ごちる。


彼女の寝顔を見るのも、寝起きの擦れた声を聞くのも、着替えを用意するのも、髪を結うのも、全て自分1人だけのもの。

これから先もそうであるように。

無言で神楽の顔に化粧を施しながら、日々強くなる願いに心が乱れる。
せめてあと少しの間だけは。
自分だけにその無防備さをさらして欲しい。


紅を待つ薄く開かれた唇に、願いを込めてそっと口づけた。

この行為もまた、譲れない日課になればいい、と。



「愛及屋烏。」end.

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