treasure

□木漏れ日の木
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目覚めれば、白い空間にいた。
(…?)
目を瞬いて、それでも変わらぬ光景に、神楽は目を擦った。
すっかり寝入ってしまったらしく、体中が強張っている。
自分の上に布が掛けられていることに気が付いて、神楽はようやくはっきりと覚醒した。
硬い幹の上で眠った所為か、身体を起こすときに背中が軋む。
顔をしかめて起き上がり、自分の頭から足の先まですっぽりと覆いかぶさっている布を取り去った。
袖の染めが目に入って、銀時のものだと分かるまで、数秒ほど時間を要する。
そして、ふと視線を移せば、隣りの枝に背を預けている男が一人。
「銀ちゃん…!」
驚きと共に漏れ出た声は、木の葉に覆われた静かな空間に思いがけず大きく響いて、口元を押さえる。
銀時は両腕を組んで枕にし、口を半開きにして、間の抜けた顔で眠り込んでいた。
(どうして、ここが分かったネ?)
神楽は、手に握り締めた銀時の着物に、視線を落とした。
手触りも柔らかな白い着物。
大分着古しているのか、ところどころ繕った痕や、うっすらと落ちきらないシミが付いている。そして、今日はあろうことか、尻の部分にべっとりと土汚れが付いていた。
(…転んだアルか?面と同じで、間抜けな奴ネ)
事情を知らない神楽は、くつくつとこみ上げてくる笑いを堪える。
笑い声が漏れないように、顔を銀時の着物にうずめた。
鼻腔に、形容し難い、柔らかな香りが満ちる。
銀時の匂いだ。
顔を着物から離して、もう一度まじまじと着物を見つめた。
柔らかい布の感触を楽しむように、手のひらで撫でる。
なんとなく、繕った痕を指でなぞる。
数多くの修羅場をくぐりぬけた痕だ。
そして…守り続けてきた証でもある。
ちゃらんぽらんな表層の裏に、熱く脈打つ血をもつ男なのだ。
普段があまりにだらしないから、時折見せる煌きに、心を奪われる。
最初は、「ないないない、ありえないネ」と、内心で繰り返し打ち消してきた想い。
けれども、少しずつ膨らみ続け、最近では、抗うことさえ無意味に思えてきた。
人知れず泥をかぶり、普段はどうしようもなくガキっぽいこの男を、守り、抱く女になりたいと思い始めている。
両手に握り締めていた銀時の着物を広げ、そっと手を通す。
大きくてズルズルの袖。
今はまだ、包み込まれているばかりだ。
けれどいつか、大きくなって見合う歳になったとき、この着物ごと、抱きしめることが出来るだろうか。
そのとき、この飄々とした男が、どんな顔をみせるだろう。
「クウ」と音がして、神楽は木の下に目を遣った。
幹の根元に、定春の姿が見えた。鼻を鳴らして、健気にこちらを見上げている。
ずっと待たせてしまったことに気が付き、神楽は苦笑した。
勢いよく跳ね起きて、銀時が眠る枝に、軽やかに着地する。
銀時の着物がバサリとマントのように翻った。
「ん…」
震動が届いたのか、銀時が目を開ける。
神楽は、銀時の頭上に立ち、腰を折って見下ろした。
「起きたアルか。ウンコ侍」
「……だれがウンコだ、コルァ」
「着物についた汚れは何アルか?」
「…下で待ってる駄犬の胸に聞いてみろ」
「…定春のウンコの上に転んだアルか…」
ふー、やれやれとため息をつく。
「ちっがぁぁぁうl!!」
銀時がはね起き、神楽はべーっと舌を出して、枝から身を躍らせた。
二、三度枝を蹴り、ストンと土手に着地する。
開口一番、このザマだ。
やさしい言葉も、お礼の一つも言えない自分。
でも、まだこの想いは小さな苗木のようなもの。
いつか、深く根を張り、枝を伸ばして、やさしい木漏れ日の降るこの大木のように強くなる。
そうしたら、その時は…。
「行くアルヨー!ウンコ侍。さっさと降りてくるヨロシ。降りられるもんならナ」
定春の上にまたがり、神楽はひらひらと銀時に手を振る。
自分のように身軽には降りてこられまいと、たかをくくっていたら、思いがけず銀時の体が身軽に飛び降りてきた。もちろん、神楽のように軽々というわけにはいかないが…。
意表を突かれている間に、銀時の体が、ドスンと定春の上に飛び乗る。
後ろから、ガシっと首元を引き寄せられた。
背中に、銀時の温もりが触れる。
「あんま天パ舐めんな、コノヤロー」
耳元で言われ、体を離して見上げれば、少しだけ鼻の穴をふくらませて、得意げな銀時の顔が見下ろしてくる。
「おめーのようにはいかねぇがな。俺も昔はアレよ?木登りとくれば銀さん、銀さん言えば木登りと言われた男よ?」
「…何とかと煙は、高い所が好きっていうアル。昔から馬鹿だったアルな」
「だあぁぁぁぁ!マジむかつくんだけど、この酢昆布娘っ!」
後ろから、銀時の両手が神楽の頬を抓り、ムニーっと横に伸ばされる。
「おー、やわけぇやわけぇ。餅みてえ。今日の昼飯、餅だといいなぁ…」
「はっ…はにゃすネ、ひんひゃんーー!」
神楽がジタバタともがくが、いかんせんリーチの差が物を言う。
「さー、けーるぞ。新八が飯作ってまってらぁ」
銀時の声を合図に、クア、と定春があくびをして、立ち上がる。
二人を乗せたまま、付き合っちゃいられないと、マイペースに歩き出す。
ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、土手を行く二人と一匹。



未だ伝えられない二人の胸の内は、木漏れ日の大木だけが知っている。



fin
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