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□甘い誘惑
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ぱら、と本をめくる音だけが部屋に響いた。
一日の唯一の楽しみである時間、それは睡眠前の読書だ。

「…これも、まぁまぁか」

はぁ、とヒューバートは溜息を着いて本を閉じた。

「ヒューバート」

いるかしら、とドア越しに聞こえたのは、いつも優しい幼なじみの声。

「いますよ」

どうぞ、と言えばゆっくりとドアが開かれ、甘い香りが鼻を擽った。

「チョコパイ、作りすぎちゃったの」

そう言ってシェリアは笑いながら机にチョコパイを置き、ヒューバートの向かえ側に座った。

「…他の人に持ってけばいいじゃないですか」
「他の人にもたくさん持って行ったわ」

作りすぎちゃったって言ったでしょ、と今度は苦笑しながらチョコパイに手を伸ばす。
サクリ、とパイが砕けるよい音とだけが部屋に響いた。

「シェリ、」

ふとシェリアに目を戻した時にチョコパイを食べる彼女と目が合い、ヒューバートはさっと目を反らした。

(反則ですよ!!)

チョコパイを食べるときにちらりと除く赤い舌、噛み付いた時に閉じる柔らかな唇。
ただ、食べるというだけの動作なのに、こんなにも魅力的に見えるなんて。

(僕は何を考えてるんだ…)

はぁ、と邪まな事を考える自分に溜息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げる。

「ヒューバート?」

どうしたのよ、と首を傾げるシェリア。

「別に、」

そう言って、目に留まった唇についたパイのカケラを指で掬う。

「…ついてましたよ」

見せ付けるように指を舐めてみれば、いいじゃない、と少し慌てて顔を反らした。

「甘くて美味しいですよ」
「…反則よ」

もう、と怒りながらもどこか笑っているシェリアを見ていたら、こちらも自然と微笑んでしまう。

「ひとつ、いただきましょうか」

そう言って、ヒューバートは未だに甘い香りを放つチョコパイに手を伸ばした。
















甘い誘惑

(陳腐な菓子より、あなたの方が)

(魅力的で甘かった。)






end.
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