Titles of limitation in autumn

□◇名も知らぬ待ち人
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名も知らぬ待ち人



「ねぇ、聞いているの? ねえったら」
セリスは温室の片隅にある丸いガラスの天板が張られた机に絵本を開いたまま、返事のない男の膝をゆさゆさと揺すった。
「ああ。すまないね、セリス。少し考え事をしていたんだよ。…なんの話だったかな?」
白昼夢から覚めたシドはバツが悪そうにはにかむと、セリスは薄紅色の頬を膨らませ口を尖らせた。
どうやらご機嫌を損ねたらしい小さな少女に、シドは数分前の会話をひとつひとつ思い出す。
「ええと、塔に閉じ込められたお姫様のはなしだったかな」
「ちがう。それはもう終わったわ」
「…ああ、そうか!眠り姫を助けた勇敢な騎士の話だったな」
セリスは正解を導き出したシドに満足げな笑みを返すと、甘い紅茶で喉を潤しその形の良い唇を開いた。
「そうよ! ねぇ、博士、おかしいと思わない?確かに騎士様は命の恩人よ。でも、その日初めて出会った人とその日のうちに結婚ができるかしら?私だったら出来ないわ!
だって彼のこと何も知らないのよ、それに、」
セリスは視界に一人の青年が入ったのでそこで話をやめた。
 
 青年は長い金髪を揺らし、その端正な顔ににこにこと笑みをこぼしながら二人に近付いてきたのだった。
シドは振り返り彼から資料を受け取ると、パラパラと中身を確認する。
セリスはこの男が苦手だと子供ながらに感じていた。掴みどころの無い性格も然る事乍ら何かにつけてちょっかいを出してくるからだ。
「やあ、子猫ちゃん。僕に話の続きを聴かせてくれよ」
「いやよ。それに私は子猫ちゃんじゃないわッ、セリスっていう名前があるの」
つんと顔を背けるとくすくすと笑う声が聞こえ、それがまた癪に障る。
「せっかく焼きたてのクイニーアマンを持ってきてあげたのになあ、お子様のセリスには甘ぁい砂糖菓子の方がお似合いだったね」
「まぁ!失礼ね!そこになおりなさい!」
「今日のお茶には一体いくつ砂糖をいれたんだい?」
「セリスやめなさい。ケフカ、お前もだ」
がたんと音をたてて椅子から立ち上がった彼女をシドが宥め、腑に落ちない彼女は小鼻を広げて着席すると甘いカラメルとバターの香りが鼻を掠める。
クイニーアマンだって充分甘いじゃないかとセリスは一人毒づいた。
 
 セリスは読みかけの絵本と羊皮紙を鞄に突っ込み、インクの瓶に蓋をして今度は静かに席を立つ。
「もう行くのかいセリス、せっかくだから一つ頂いていきなさい」
「いいえ、いらないわ。17時にレオ少将が特別に剣の稽古をつけてくださるの。お腹が重くちゃ動けないわ」
「そういえば、お前はレオの崇拝者だったね! 剣の稽古なんてつまらないのはやめて、今から僕のところにおいでよ。色々とイイこと教えてあげる」
「結構です。…ねぇ、ケフィー、さっきの話の続きを教えてあげましょうか」
ケフカははて何の事かと少し考えるふりをし、セリスの顔を見てニヤリと口の端を上げた。それを合図と見なした彼女はゆっくりと続ける。
「彼が如何に勇敢な命の恩人で、どんなにハンサムだろうと、その日出会った人とその日のうちに恋に落ちて結婚するなんて私には無理だわ。…何故だか分かる?」
「さあ。見当もつかないね。相手は申し分ないじゃないか」
「あなたって本当に頭の中がお花畑ね。勇敢でハンサムな命の恩人の“中身”があなたみたいな人だったら100年の恋も冷めるってことよ。
いいえ、それ以前のもんだいよ!そんな男、願い下げよ!ね・が・い・さ・げ!」
べーっと紅い舌を出して一目散に温室を後にするセリスに、喧嘩するほど仲が良いという言葉を思い出してシドは鼻で笑った。
段々と小さくなり終いには消えてしまった後姿を眺めながらケフカは零した。
「まぁ僕は勇敢でもないし、人を救うだなんてそんなことに興味はないからね」
「・・・お前らしいな」
「シド博士、女の子って何で出来てるか知ってる?」
「おんなのこ?」
「そう。御伽噺や夢物語に夢中のセリスみたいな女の子。・・・…砂糖とスパイスと、素敵なもの…素敵なものって何かな」
ケフカは一人瞑想にふけながら、カツカツと足音を響かせ温室を後にした。


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