Titles of limitation in autumn

□◆読書、その隣
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読書、その隣


 太陽は西に傾き始め、本日最後の陽だまりを部屋の中へと届ける。
そのやわらかい陽を受けながらセリスはページを一枚めくると、紙の擦れる音が静かに部屋に響いた。
世界が崩壊へと向かっているにも関わらず、一日を終える太陽の沈む様は今までとは大して変わらないと彼女は思う。
あの頃も、そして今も、陽の光が開かれた本を照らす明るさを変える事はないのだから。

 部屋に備え付けられた机いっぱいに図面を広げ、計算機を片手に色々と小さな文字を書き込んでゆくセッツァーをよそにセリスは読書に耽る。
算盤を弾く音、ペンの走る音、そして本をめくる音だけが沈黙の部屋を満たしてゆく。
どれくらい時間が経過しただろうか、つい先刻まで明るかった外の景色はいつの間にか闇に溶けるように姿を眩ます。
セリスはぱちんと薪の爆ぜる音で本の世界から現実へと引きずり出され、壁掛け時計に目をやると一つ大きく伸びをした。

 「もうこんな時間。仕上がりそう?」
問いかけながら読みかけの本を閉じる彼女に答えることも無く、セッツァーは黙々と作業を続ける。
先日、旧友の船の浮上に成功したのだが、長年放置されていたせいもあってエンジンの調子は頗る悪く、彼はこうして新しく図面を書き起こしているのだ。
セリスが薪をくべると、どうやら聞こえていたらしいセッツァーは
「本体はどうにかなるんだけどな、補助機関が怪しいんだ。あの女、いい加減な設計図描きやがって」
と独り言のように返した。
 
 セッツァーは金縁の眼鏡を外すと、肩を回しセリスがしたのと同じように大きく伸びをした。
「終わった?」
「大体はな。 なんだ、またそんなガキみてぇな本読んでんのか」
床に座っていたセリスの腕を取って引き起こすと、彼は自らが何時間も前に脱ぎ捨てた上着をかけてやる。
「いいでしょ。昔からこういうのが好きなんだもの」
彼女の持つ本の表紙には臙脂の合皮が張られ、金の細いラインで植物の美しい曲線が描かれそれはまるで何処までも伸び続けるかのように生き生きとしている。
幼稚な御伽噺が書き綴られた本は、いつだって彼女のお気に入りなのだ。
「いつか王子様が・・・か。アンタらしいな」
「どういたしまして。それより、出来上がった図面をエドガーに届けないと。今頃一人で四苦八苦してるわ」
「旋盤士か、あいつは」
「似たようなものね。飛空艇のメカニックになりたかったって」
「ほう・・・それはそれは」
セッツァーは束ねた髪を解くと、宿の歪んだ扉を開けた。
「あ、待って。これ、返すわ」
「いや、俺はいい。女が身体を冷やすといいこと無い」
「優しいのね。意外だわ」
「・・・一言多いのはこの口か」
彼の細く長い指が彼女の顎を捉えるとキスを仕掛けた。
深く甘い口付けに、セリスの持っていた本は無常にも手から滑り落ちる。
「俺の女になれ。悪いようにはしないさ」
低い声が響くと、セリスの身体は麻痺したかのように動きが取れなくなった。
同時に自身の鼓動が痛いくらいに波打つのを感じ、頬が上気する。

 セッツァーは踵を返すと、薄暗い廊下に足音を響かせながら軽く後ろ手を振りその場を去っていった。
「な、なんなのよ・・・」
一人取り残されたセリスの呟きに、無造作に開かれたページに描かれる妖精が悪戯に微笑んだ。




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