Titles of limitation in autumn

□◆冷たい風が吹くばかり
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冷たい風が吹くばかり



寒い。特に腰が。
冷えた地面にどんどん体温を奪われていくのを痛感した。
二張りのテントの間に設けられた風除けなんて何の役にも立たないどころか隙間風がやけに身体に凍みる。
仕方が無くお誂え向きの丸太の上に外套を敷いて座ることにした。
揺れる炎に向けられる爪先と身体の前半分はこんなにもぽかぽかしているのに対して、後ろ半分は凍て付くよう。
火って凄い。初めて人が火を起こしたときはどれだけ感動しただろう等とどうでもいいことを考えだしたセリスは最早焦点が合っていない。
視界に広がるオレンジと黄色と赤。与えられる熱に、顔が熱くなった。
微かに遠吠えが聞こえる。それが狼か、魔物かはわからないけれど、どっちにしろ関係ない。
火を焚いている限りは安心だ。その為の火の番なのだから。
暇を持て余して白くなった薪を刀身で突付くと、ことんと形を崩し一瞬小さくなる炎に焦って薪を足す。

「・・・何やってんの?」
背後から呆れた声が掛かった。気配で気付いてはいたけれど、どうもこの男はいつも絶妙な頃合で口を開く。
「火が落ちちゃう」
「お前は一気に足しすぎ」
彼は慣れた手つきで燃えている木を中央にずらすと新しく一本足した。
「ちゃんと見てた?」
「少し考え事してた」
人類初の火起こしの心境とか。
「何のためにここに居るんだよ。仕事しろって・・・それとも疲れた?」
「ううん、平気よ。全然平気。それより貴方は?まだ交代の時間じゃないでしょ」
「こいつ持ってきたんだ。ほら、俺って優しいからさ、寒いだろうと思ってね」
「うーん、一言余計だけど認める」
「お褒めに預かり光栄でございます。お姫様」
「残念だけど褒めてはないわ。認めただけね」
「厳しいなぁ・・・鍋どこ?」
「そっち。その緑色の鞄の右下あたり」
「どっちから見て右下だよ・・・お。発見発見」
ロックは小さな銅の鍋にワインを注ぐと火にかけた。小さな鍋は一瞬にして熱を伝導し赤い液体を温める。
「あ。砂糖入れる派?」
「入れない派」
「俺と同じだ」
ちょっと嬉しそうに言うロックが悔しいけれどかわいいと感じる。
元々端整な顔立ちだけれど、それに加えて人懐っこいくりっとした琥珀色の瞳がそう思わせるのだろう。
その琥珀も今は炎を映して赤く輝いている。それもまた美しいと思う。
沸騰する寸前に火から下ろすと、カップを用意していなかったことに二人で慌てた。
やっとのことで探し出したカップに並々とワインを注いでちびちびと啜る。
「あっちい。なんか腹減ってくるな」
「減らないわよ、こんな夜中に」
暖かいワインが喉を通り、その熱と少しのアルコールが身体に心地よく染渡る。
こんなに気分良く火の番をするのはいつ振りだろうとセリスは考える。体に凍みる冷たい風は相変わらず吹くばかりだけれど。
無意識に綻ぶセリスの横顔にロックは小さく口付けをすると、腰に手を回しそこではじめてひんやりと冷たい彼女の背中に気付く。
「寒い?」
「少しね」
「これ飲んだら戻れよ。あと俺がやるから」
「ん、甘えとく」
本来の交代の時間まではあと半刻余り。セリスはたっぷり時間をかけてカップの中身を減らすことにしたのだった。



おしまい
3,Dec.2008 comb.
あとがき↓
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