FF6 15_Title_Novel -tragic love-

□8◆嘘つき
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Nr.8 嘘つき


 「好きになった女に何もしてやれずに失ってしまうのは・・・もうゴメンなだけさ」

 煌びやかなシャンデリアの揺れるホールとは比べ物にならないほど質素な控え室。
それでも鏡台には見事としか言いようの無い彫刻が施されている。
スエード張りの椅子から立ち上がったセリスにロックは言い放った。

−−うそつき。
そうやってその場しのぎの言葉で、いつも私を惑わせる。

「あの人の代わりなの?私は。」

ロックはその言葉に振り返ると、彼女の鋭いまなざしで心臓を鷲掴みにされた。
「滑稽だわ。所詮私は代用品でしかない」
その言葉に、全身が震える。

−−彼女の言葉が的を射ているから?それとも??

「違うよ」
「どう違うの?」
「こう、違う」
美しく着飾ったセリスを抱きしめると彼女の香りに心が満たされる。
「やめて」
「やめない」
「やめてよ」
セリスは両腕でロックを引き剥がすと、不運なことに二人の視線が交わった。
思わず視線を逸らしてしまったセリスは、そのまま睨みつければよかったと後悔したが時すでに遅し。
「セリス、」
耳障りの良い低い声に身体の芯が熱くなる。
ロックがセリスの頬に触れると、彼女の肌はみるみるうちにばら色に染まった。
紅を引いた唇はひどく妖艶で、ロックはいとも簡単に落ちてしまう。
「いや、」
「どうかな」
二人の唇が重なると同時に、セリスは遠くで聞こえていたはずのクインテットがやけに耳に付いた。
熱い口付けを交わすときは周りの音も聴こえなくなるほど没頭するものだというのに、
自分はなんて冷めた人間なんだろうと一人毒づく。

--それだけ冷静ってこと?それとも??

唇が離れても、二人の視線は交わることは無かった。
セリスの伏せられた長い睫が白磁の肌に影を落とす。
「ほら、いやじゃない」
囁くとロックは再び彼女に口付け、今度は抗議の声は上がらなかったのをいいことに唇を割り舌を忍ばせると
セリスはそれに答え、おずおずと自らの舌を絡ませた。
鼻から抜ける声がひどくいやらしくてセリスは自分自身に腹がたったが、
やがて、盛り上がるオーケストラも耳に入らない程、二人はその行為に夢中になった。
長い口付けで酸素が薄れるからか、それとも他の理由からか頭がくらくらしてとても気分が良くなってゆく。

−−流されてはいけない、騙されてはいけない。・・・流されてしまえ。騙されてしまえ。

たとえその先にあるのが険しい滝だとしても、この彼と云う大河に飲み込まれ、漂い、翻弄されるのはこんなにも心地よい。
セリスは陶酔しきった頭でそんな事を考える。

「セリス、好きだ」
言うと、ロックは彼女の耳朶を甘く噛む。
やっと開放された唇の紅は剥がれ落ち、肺に酸素を取り入れようと大きく開かれた胸元は上下する。
乱れた呼吸で、セリスは何とか言葉を繋げた。
「貴方、みたいなひと、大、嫌いよッ」
「嘘つき」
「どっちが」

いよいよオペラは山場に差し掛る、彼らもまたそうであるように。




fin.
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