FF6 15_Title_Novel -tragic love-

□5◆涙の理由
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涙の理由



 彼の少女が眠るコーリンゲンの村を訪れてから、胸いっぱいに不思議な感情が溢れ出した。


 セリスは溜息をついた。
夜の帳も降り星が輝き始める時間になると、夜目が利かないチョコボのせいで休まざるを得なくなるのだ。
手際よくテントを張っていくロックを、火熾しを終えた彼女はただ呆然と見つめていた。
フレームを配置し、組み立て、布を張り、杭を打って・・・

「ちょっと格好いいなぁなんて思ったりしてる?」

「きゃッ。び、びっくりしたッ!・・・おどろかさないでよ!」
突然背後から歩み寄り耳元で囁かれた低い声にセリスは飛び上がるような勢いで声を上げた。
四六時中戦闘に明け暮れる毎日。それでも休憩中くらいは神経を使いたくはない。
すっかり休息体制に入っていた彼女の驚きように驚いたのは他でもない声の主、エドガーだった。
「ごめんごめん、そんなに驚くとは思わなかったんだ。・・・それだけアイツにご執心という事かな」
「ち、違うわッ」
「そんなに力強く否定しなくてもいいじゃないか。・・・隣に座っても?」
「・・・ご自由に」
 からかわれたことに機嫌を損ねたセリスは腰掛けたエドガーに絡むこともなく、武器・防具を一つ一つ並べだした。
そして並べたものを左から順に一つ一つ丁寧に手入れをしてゆくのだ。
その手際の良さについつい見惚れていたエドガーは、なるほど彼女もやはり軍人であったかと思い知らせられる。
 セリスは愛剣に手を伸ばし、数箇所毀れを見つけると眉根に皺を寄せ小さな溜息をつく。これ程の刃毀れは今までに無かった。
 彼女は極端な状況以外は刀身で防御することを酷く嫌った。刃が毀れるとそれだけ切れ味が悪くなるからだ。
そうでなくても硬い鎧の様な鱗や、骨を断ち切る際に毀れてしまうというのに、一体自分はどうしてしまったのだろうとセリスは自身を恥じる。
“極端な状況”を作ってしまっている事実。味わったことの無い感情。なんだか上の空。

 「どうしたんだい?」
エドガーは思わず声をかけた。
だが返事は返ってこない。それほど集中しているのか、はたまた先程の戯れを未だに根に持っているのか。
もし、後者ならガストラ帝国のセリス・シェール元将軍も所詮中身は年頃の町娘と変わらないではないか。だとしたら面白くもなんともない。
 彼がそんなことを考えているなど知りもしないセリスは少しずつ言葉を紡ぎだした。
「腕が鈍ったのだと・・・思いたい」
後者ではないがどうやら前者でも無いらしい。彼女なりに想いを巡らせていたのだろうかとエドガーは考える。
「でも、この私に限ってそんなことは有り得ない」
きゅっと口を結ぶ。
「これまた随分と自信家だね」
ちらりとエドガーに目をやると“あたりまえでしょう?”と言わんばかりの視線を送る。
その強かで美しい少女の表情にエドガーは、ガストラはとんでもない策士だと改めて感じるのだった。
こんなにも美しいそして何よりも強く気高い少女の為なら、喜んで身を捧げる男も少なくは無いだろう。
少なくともエドガーなら、こんなにも幼い少女が先陣を切るのならそうしてしまう。言わば男性心理をついた利口な作戦である。
 まったく腐った主導者だな。

エドガーは細くため息をついた。
  
 セリスは慣れない手つきで刃を研ぎ始めた。軍人であるが故基本的な手入れは卒なくこなすが、将軍ともなれば自ら毀れた剣の手入れをすることはあまりなかった。
戦中でも刃が折れれば新しいものが用意され、そうでないときは魔導で対抗した。国に帰れば帝国付きの刀鍛冶が打ち直してくれる。
 エドガーも彼女を見習って、自作の怪しい機械類を分解し始めた。ジドールに続く山脈沿いは雨季入り直前ということもあって空気中に湿気を多く含みはじめていた。
精密に作られた機械の中に結露でも溜まれば(少なくともエドガーにとっては)一大事である。
砂漠では粉塵が厄介を起こしたが、こちらでは結露が厄介を起こす。機械というのは全くもって手の掛かる代物である。
手を抜くとたちまち機嫌を損ねてしまう、彼にとっては機械も女性も同じような存在なのかもしれない。どちらも愛しい存在であるのには変わりは無いが。

 「たまには、」
精密機械用の小さなドライバーを弄びながらエドガーが言った。
彼の機械たちはそれぞれ細かく分解され火から近すぎも無く遠すぎも無い丁度いい位置に置かれていた。
「私と二人で火の番でもしないか?」
セリスが顔を上げて二人の視線が絡むと、エドガーは軽くウィンクをしてみせた。
それを見た彼女はぎょっとし透かさず「何故?」と聞き返す。
エドガーは少し笑うと真面目な顔をして言葉を紡ぎだした。
「一人で居ると色々つまらない事を考えてしまうものだよ。・・・それともロックと二人が良い?」
セリスは慌てて首を横に振る。
最後にワザと意地悪なことを言ってみたエドガーだが、
コーリンゲンを出てから彼女の様子が可笑しいことなどとっくに気付いていた。ロックは何とも思ってないかもしれないが、ここでロックとセリスが二人きりになるのは彼女にとっては酷なことだ。
かといって、カイエンともまだ打ち解けた様子は無いのでそれも出来ない。
つまり彼女には選択の余地がないのだ。
それを察したセリスは気を使ってくれているエドガーに申し訳無い気持ちで一杯になってくる。
「・・・ありがとう、エドガー。・・・・・・貴方ってもっと意地悪な人だと思ってたわ」
「心外だなあ。レディに優しくっていうのは世界の常識なんだよ」
「あら、でも初めて会ったときは、・・・」
エドガーは彼女との出会いを思い出す。忘れるはずが無い、緊迫した吹雪くナルシェでの彼女との出会い。
作戦会議中にロックに連れられ入室した彼女の長い睫に積もった雪解けの雫でさえ鮮明に脳裏に焼き付いているのだから。
「? 初めて会ったとき、私は何か失礼をしたかい」
セリスは二人が出会ったあの炭鉱都市で彼の言った一語一句を脳内で反復し、今初めてその意味に、彼の優しさに気付く。
それと同時に彼女の大きな瞳から一粒の雫が零れ落ちた。情けない自分に腹が立つ。

「・・・セリス?」

 エドガーは内心どきどきしていた。まさか彼女を泣かせてしまうとは思ってもみなかった。
直接の原因が自分でないにしろ、間接的に関わったことは確かだろう。
涙を拭おうと右手を伸ばすと、あと紙一枚で肌に触れるというところでセリスがぽつぽつと語りだした。
「『常勝無敗、」
彼は手を止める。
「鬼神の如く人を殺める』・・・、セリス・シェールも甘ったれた女に成り下がったものね。今では自分がかわいくて涙を流すんですもの」
エドガーは手を引いた。セリスは自らの指の腹で擦り付けるように涙を拭う。
「卑下することはないよ。涙の理由には充分すぎる程さ」
擦られたセリスの頬はそこだけ熱を帯びたかのように赤く染まる。
「でも、ここは少し火に近すぎるな。目にしみてかなわない」
そういうとエドガーはその美しい顔にふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「貴方って人は・・・本当・・・、」
「何だい?」
「いいえ、何でもないわ」
セリスもまた口元を綻ばせた。



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