名言&台詞&言の葉

□ほのぼのシーンin彩雲国物語
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【はじまりの風は紅くp34〜】
「あー、暇(ひま)だねぇ、絳攸(こうゆう)」
 府庫にある個室の一つで、藍楸瑛(らんしゅうえい)は頬杖をつきながら庭院(にわ)を見ていた。
 名前を呼ばれた対面の李(り)絳攸は、その言葉にぴくりと反応したが、何も言わなかった。ひんやりとした無表情のまま書物の頁をめくる。
 友人の不機嫌(ふきげん)を承知で、楸瑛はつづけた。
「私はもともと主上の警護が役目だからいいけど、君は霄太師の要請(ようせい)で主上付きにむりやり異動させられたのにまだ王に会えないんだろ?」
 ぴくぴくっと絳攸のこめかみに青筋が浮(う)かび上がる。
「やることなし、居場所なし、仕事ナシ。でも出仕はしなくちゃならないなんて、上司の嫌(いや)がらせとしか思えないよねぇ。お互(たが)い、文官武官で若手随一(ずいいち)の出世街道(かいどう)驀進(ばくしん)してたはずなのに、まさか窓際(まどぎわ)官吏(かんり)みたいになる日がくるなんて、思ってもみなかったね」
 楸瑛の軽口に、ぷるぷると絳攸の手が震(ふる)えはじめる。爆発(ばくはつ)秒読み開始──つきあいの長い楸瑛は内心でそう判断を下した。朝廷随一(ずいいち)の才人と名高く、自称(じしょう)「鉄壁(てっぺき)の理性」のこの友人が実はたいへんな短気であることを知っている者は少ない。その数少ない一人である楸瑛は、たまに自分が「瓦斯(がす)抜き」をしてやらねば、と思っていた。それに近頃娯楽(ごらく)が少ないのだ。この生真面目(きまじめ)な友人をからかうのは、楸瑛にとってそのへんの娯楽よりも数倍楽しいことだった。
「史上最年少で国試に首席合格して出世街道突(つ)っ走って、この間まで吏部(りぶ)の第一線でバリバリ働いていた君が、今は毎日毎日やることなくて府庫で読書なんて、いやあ、朝廷も平和というか、度量が広いというか。主上付きって、ていのいい左遷(させん)なんじゃないかと思えてくるよね」
「──その無駄にまわる口を閉じろっっ!!」
 怒声(どせい)と同時に指四本ぶんの厚さの本が素晴(すば)らしい速さで飛んだ。しかし楸瑛はなんなくかわして片手で受け止め、ひゅっと口笛を吹(ふ)く。
「素晴らしい。君、羽林(うりん)軍でも充分(充分)やっていけるよ。どう?、文官やめて武官にならない?」
「──あのクソバカ王の近衛(このえ)なんざ死んでも御免(ごめん)だっ」
 絳攸は卓子(たくし)をぶっ叩(たた)いて怒鳴(どな)りつけた。
「だいたいなんで貴様がここにいるっ!目障(めざわ)りだ。とっととどっかへ失(う)せろ!」
「おお、親友になんという言い草」
 誰が親友だッ!という絳攸の怒鳴り声も、楸瑛はどこ吹く風である。
「だってねぇ、私も主上付きの近衛だけど、肝心の王の居場所がわからないんだからね。君同様暇なんだ」「暇つぶしならどっかほかへ行けっ」
 君のそばにいるほどいい暇つぶしはないんだが、とは楸瑛の内心の呟(つぶや)き。
「──ひと月か」
「ひと月以上だっ!この俺         ```がなんっにもしてないんだ`
ぞ!!」
「まあまあ、君の上司殿(どの)が休暇(きゅうか)をくださったんだと思えば」
「あの人がそんなタマか!嫌がらせに決まってるっ」 あれほどイヤだと言ったのに、彼の上司は穏(おだ)やかな笑顔(えがお)であっさりと言ったのだ。
 ──絳攸?この私が決めたことなんだ。嫌だなんて言えると思っているのか?「『何事も経験だ、しっかりやってきたまえ』……ってそもそもあの昏君(バカ)に会うことすらできんのに何が経験だ──────っ!!」
「吏部尚書(りぶしょうしょ)にも、面と向かってそう言えたらよかったのにねぇ」
 楸瑛の言葉に、絳攸はぐっとつまった。──そう、絳攸は自分の上司にはとことん弱かった。外面(ソトヅラ)と違(ちが)って何とも性格の悪い上司であったが、モロモロの事情もあって絳攸は彼に対してもはや雛鳥(ひなどり)のすり込み状態のようになっていた。いざというとき絶対負けるのだ。ゆえに絳攸は今回も敗北し、上司の気まぐれで霄太師に貸し出されることになったのである。
 その結果が、この有様だ。
 

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