みじかいの

□深夜に訪れる二重の恐怖
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溜まりに溜まった成実様の執務を手伝い、ようやく床についたのは、月が空高くに昇った頃だった。明日も残りの執務を片付けなければならい。普段から真面目にやっていればこうならずに済むものを、我が主は追い詰められないとやらないのだから困ったものである。体を横にし、長い溜め息を吐いて目を閉じる。幾らか時間が過ぎた頃、ぱさり、と顔になにかが落ちてきた感覚で目が覚める。落ちてきたなにかが、顔を這い回る感触。私はソレを手で払いのけ、勢いよく布団から飛び出る。月灯りの中、現れたソレを見て私は深夜にも関わらず悲鳴を上げた。





「刹那っ!どうしたの!?夜襲!?」


私の悲鳴に誰よりも早く来たのは、成実様だった。部屋に飛び込んできた成実様に、私は飛びついた。


「刹那…大胆だな」


満更でもない、イヤらしい顔をしてアホなことを言う成実様に、グーパン入れてやろうかと思ったが、成実様のせくはら(筆頭に教えてもらった)はいつものことなので放置する。事態はせくはらよりも深刻だ。


『バカなこと言ってる場合じゃないですよ!』

「俺はいつも真剣だよ。愛してるよ刹那」

『アレ!アレなんとかして下さいィィィ!』


成実様の胸元に顔を埋めながら、ソレを見ないように指差す。さり気なく抱き締めてきたり、体を撫で回してくる成実様を、気にしている余裕なんてない。


「なんだよ、アレって…」

『アレですよ!アレだってばァァァッ!!』


未だにしがみついて、今にも泣きそうな私に、ようやく不審に思ったのか、成実様は私の肩を抱きながらソレに近付く。薄暗い中、目を凝らすと、ソレは私のお気に入りの羽織の上に鎮座していた。ぶち殺してやろうか。


「ムカデ?」

『いやぁぁあっ!その名前聞きたくないィィィッ!』


そう、ムカデだ。私は足の沢山ある虫や、ナメクジやミミズみたいなうねうねしたのが嫌いだ。だってムカデとかなんであんな足あんのか意味わかんないからね。もうあの形が無理。毘沙門天の遣いとか無駄に壮大な設定持ちやがって、軍神が黙ってねーぞバカヤロー!とにかく、私はムカデが大嫌いなのである。


「え、なに?ムカデ如きであの悲鳴?ナメてんの、犯すよホント」

『顔の上に落ちてきたんですよ!?寝てたらこう…うわぁ…思い出しただけで死にそう。うわぁぁ…』

「つまり、コイツが刹那の寝込みを襲ったってこと?」

『そう!そうなんです!寝込み襲うなんて許せないでしょ!?』

「あぁ、許せねェ…俺だってまだ刹那の寝込みを襲ったことないってのに…!」

『なに本気で悔しがってるんですか。どうでもいいから早くなんとかして下さいよ!』


成実様の着物の裾をぎゅっと握って懇願する。あぁ、もうホント泣きそう。もう今夜は眠れない。


「全く…ムカデで大騒ぎするなんて、刀振り回して戦場駆け回ってるとは思えないよな。そういう所も可愛くて好きだけど。つーか刹那の全部が好きだけど!」


なんか言いながら、成実様は私の羽織を持ち上げて、外でムカデをはらってくれる。普段せくはらばかりしてくる変態でも、いざというときは頼りになるんだから。素敵です、成実様。


『ありがとうございます…助かりました』

「けどさぁ、ムカデって番で行動するって言うじゃん?もう一匹いるんじゃねーの?」


その言葉に、硬直した。そして私は究極の選択をしなければならなくなった。再びムカデの奇襲に怯えながら朝を迎えるか、成実様のせくはらに耐えて朝を迎えるか、だ。よく考えろ私。


『し、成実様』

「ん?」

『今日、成実様のお部屋で寝かせて下さい…』


人生は重要な選択肢の連続だって、何処かの兎さんが言ってた。私の言葉に成実様は一瞬目を丸くしたあと、にやり、と笑った。あ、やっぱ選択肢、間違えたかも…


「いいけど貞操の保証はしねェよ?」





深夜に訪れる二重の恐怖
(そろそろムカデの毒牙にかかっちまえ、と耳元で囁かれ、首筋に噛みつかれた)



『…そういや成実様の兜の前立てって、』

「ムカデですね、はい」





(成実様きらい)
(俺、前立てにゃんことかにしようかな…)

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