past
□12月3日まで。
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アジトから遠く離れた地での仕事を終えたあたしたちは、組織の規定どおりシングルルームをふたつ取った。
夕ごはん無し、朝ごはん有り。
シングルベッドとテレビとテーブルを置いたらいっぱいいっぱいになるくらいのこじんまりしたお部屋。
上限額てのが決まっているから(こないだ芸術組が1泊1人3万円というとんでもない領収書を持ってきて角都が倒れて、それ以来こんな不幸な決まりができた!)それほど高級なところには泊まれないけど、仕事を終えてぐったりしてる状態で完全なるプライベートな時間が取れるからあたしは遠いところでの仕事って好きだ。
…というのは「いつもの」話。
さっきからひっきりなしに鳴る内線電話のせいで、あたしはまだベッドに横になることもできていない。
『…はい。』
『あーオレ。オレだけどォ〜。』
『あたしには息子もいませんし孫もいません。もう切りますよ。』
『オイオイオイ詐欺じゃねーって!オレ!飛段!』
『知ってます。で、今度はなぁに?』
『なんかよォー、お湯が出ねーんだよ。まじ冷てェんだけどー。』
ツーマンセルの相手が違うだけで、ホテルに1泊するのがこんなに大変なことだとは知らなかった(角都ってすごいのね!)。
さっきから隣の部屋から頻繁に電話がかかってきては、お湯が出ないだのテレビがつかないだのトイレが流れないだの。
あたしはそのたびに電話越しに操作の仕方を説明しなくちゃいけない。
『だから、お風呂の蛇口に温度調節する何かがあるでしょ。』
『だーかーらァ、何かって何だよ!』
『赤いのと青いのが書いてある蛇口よ!んもー、いい加減にしてよね。』
『おっ、あったァ!ったくこんな分かりづれーモンつくるなよなァ。裁きが下るぜ、ホント。』
今日4回目の電話を切って、あたしはやっとベッドに腰かけて煙草に火をつけた。
白い輪っかが狭い部屋にふわふわ充満する。
ミネラルウォーターのフタを開けようとテーブルに手を伸ばしたそのとき、また内線が鳴った。
『はいはい。』
『もしもーし。オレだけどォ。』
『テレビもついたしお湯も出たしうんこも流れたし、次は何?』
『うんこじゃねーっつーの!!ションベン!』
『わかったわかった。んで、今度はどうしました?』
『暖房がつかねェ!マジありえねーんだけど!』
神様。いやジャシン様。
今後、遠征任務のときのパートナーがどうか飛段じゃありませんように!
『リモコンのいちばんでっかいボタン押したら暖房も冷房もつくよ。』
『そのリモコンがねーんだって!マジで寒ィ!死ぬ!』
真冬でもコート1枚の不死身な男が何をふざけたこと言っているんだと喉まで出かかったけど、あまりに飛段が真剣に訴えるのであたしはしぶしぶ隣の部屋のドアをノックした。
リモコンを見つけて暖房を入れたらすぐ部屋に帰って寝るんだから(電話線はもう抜いてしまおうと思う)。
「飛段ー。ひーだーん。」
がちゃり。
ノックしてすぐにドアが開いて、右手にリモコンを持った飛段が出てきた。
「なんだ!あるんじゃない!来て損したー。帰るわよ。」
くるりと踵を返したあたしの腕が思いきり掴まれて、あっという間に飛段の部屋の中に引き入れられる。
「バァーカ。ひっかかったな。」
「ハァ?!」
「暖房なんかとっくについてるぜ。」
そう言ってあたしをぎゅって抱きしめる飛段にびっくりしながらも、あまりに疲れていたあたしは抵抗する気力もなく、飛段の体温の心地よさに身体を預けて目を閉じる。
「…だますならもうちょっと上手な嘘ついてよね。」
顔を上げたら目が合って、目が合ったら触れるだけのキスをされた。
「オレとさ、いいことしようぜ。」
がちゃり。
あたしにさっきよりも長いキスをして、飛段はゆっくりとドアを閉めた。