金色のコルダ
□約束
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俺は、コンクールがなければあいつに会うことはなかっただろう。そして、あいつに出会わなければこの懐かしくて苦い気持ちを思い出すことはなかった。 俺は、あいつに惹かれている。今もその気持ちは変わらない。いや、強くなっているかもしれない。この厄介な想いが…。
気づくと、屋上の扉の前に居た。
「はっ…笑っちまう。」
放課後になると、屋上に行くのが日課になっていた。あいつに会うために。結局、俺はここに来ちまうんだな…。
扉を開ける。
いつもの場所にあいつは居た。
「日野…。」
声を聞いて、こちらを振り向く。すると、花が咲いたように表情を明るくする。
「先生。」
「よう。」
しばらく沈黙が続く。しかし突然、日野がこちらを向き、口を開く。
「先生、私、コンクールが終わってからもヴァイオリンを弾いてるんですよ。あれからも、いろいろ練習してるんです。」
「そうだったのか。そういえば、何でお前は普通科に残ったんだ?音楽科への移動の話しもあっただろう?」
「…。」
日野は、口を閉ざしてしまった。表情もいくらか暗い。せっかく、いつもの雰囲気になりつつあったというのに…。
しかし、意を決したかのような真剣な表情をして、口を開いた。
「その話しもありました。でも、断ったんです。たしかに、コンクールを通して私は、音楽が好きになりました。でも、月森くんや他の音楽科の人たちのような熱意は、私にはありません…。そんな私が音楽科に入ったら、みんなの迷惑になるような気がして。」
「それは、お前さんの考えすぎだろう?」
「そうかもしれません。ううん。私が嫌なんです。ただの趣味で音楽をやっている私が、真剣に音楽と向き合う人たちの中に入っていくのが。」
「そうか…。」
そこまで考えていたとは驚いた。日野は、自分と正面から向き合っている。感心していると、日野はまた、口を開いた。
「先生。他にも理由があるんです。」
「他に?」
聞いてはいけないと、警鐘が頭の奥の方で鳴っている。しかし、俺はその警鐘を無視した。
「…気持ちを抑えるためです。先生への。」
日野の顔は、いくらか朱を帯びていた。
「日野…。俺はお前の気持ちに応えることは、今はできない。」
俺は、自分の冷静さに驚いた。さっきまで、どうしたら良いかと悩んでいたのになぜ、こんなにも冷静に応えることができるのか。
俺の言葉を聞き、泣きそうな表情をした。
「日野、勘違いしないでくれ。今は、だ。」
「え?」
俺の言葉が理解できないような表情をする。
「卒業した後もその気持ちが変わらないようなら、もう一度言ってほしい。」
「先生。」
「じゃぁな。気をつけて帰れよ。」
日野の頭を小突いて、俺は背を向けた。そして、振り向くこともせずに足を進めた。
そう、今は、あいつの気持ちに応えることはできない。教師と生徒という関係がある以上。今、あいつの気持ちに応えたら、きっと俺は、俺自身を止められないだろう。
今は、願うだけだ。あいつの気持ちが変わらないことを。
俺の気持ちが変わることはないから。