金色のコルダ

□簡単なようでいて難しい一言
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「柚木先輩。」
 「…日野さん。」
 なぜ、お前がここに?こんな早い時間、学校にいることなんて滅多にないお前が、しかも、なぜ普通科から遠い音楽科の屋上なんかに来たんだ?
 「どうしたんだい?こんな朝早くに珍しいね。」
 少し、皮肉も込めて言ってみる。しかし、その皮肉には気づいていないようで素直に少し小さな包みを差し出してきた。
 「柚木先輩。お誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです。」
 「・・・っ!」
 驚いた。まさか、彼女から貰えるとは思っていなかった。火原でさえ知らない俺の本性を唯一知る者。知ってからというもの、俺に会うたびに怯えていたじゃないか。なのに。
 いつまでも受け取ろうとしない俺に、しびれを切らしたのか不安そうな表情を浮かべながら再度聞いてきた。
 「あの?貰ってもらえませんか?」
 「へぇ。まさか、お前から貰えるとは思っていなかったよ。俺が怖かったんじゃなかったのか?」
 うろたえている様子を悟られないよう、本性を現して逆に質問し返すと、たちまち彼女は身体を硬直させた。ほら。怯えているじゃないか。しかし、それでいても俺にプレゼントを持ってくるその根性は気に入った。だから貰ってやる。当然、素直に受け取るわけがない。
 「まさか、これでコンクールを辞退しろと言ったのを撤回でもさせる気か?でも、せっかくだ。貰ってやるよ。」
 顔が強張ったと思いきや、たちまち表情が明るくなる。貰ってやると言ったのがよほど嬉しかったか。しかし、それでは俺の気がすまなかった。
 「これで、しょうもないプレゼントだったら突き返しにいくからな。それと、コンクールの件は撤回する気はない。その辺を肝に銘じておくんだな。」
 彼女から半ば奪うようにしてプレゼントを受け取り、そう一言残して俺は屋上を後にした。だから、その後彼女がどんな思いだったか、どんな表情だったかなんて知らない。
 教室の前までたどり着き、扉に手をかけたままふと立ち止まる。そして、さっきの情景を思い出した。
 「礼を言うの忘れた・・・。」
 俺とした事が、なんてざまなんだ。
 考えないようにしているのに、右手に持ったプレゼントの感触で忘れられない。あいつといると、自分が保てない。本当は、本性を出すつもりもなかった。なぜなのか。彼女の前だと、さっきまで何でもなく言っていた「ありがとう」の言葉さえ出なくなる。思っている事と正反対の事を口に出し、傷つけてしまう。
だから、心の中で言おう。
「ありがとう。」と・・・。
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