遥かなる時空の中で

□あけび
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今日、俺は結婚式に来ていた。…先輩の。そう、先輩の隣に立つのは残念ながら俺じゃなかった。俺は、あくまでも招待客としてここにいる。
 あれは、俺が大学を卒業し、新たな生活をスタートさせてから一年が経った頃の事だった。先輩の口から俺を脅かす告白を聞いたのは。
 「譲くん、私、結婚することになったんだ。」
 先輩は、今までにないくらいに良い笑顔で、俺はただ祝福の言葉をかけることしかできなかった。そして、俺の気持ちも知らずに処刑宣告にも似た言葉をかけたのだった。
 「譲くんは、祝福してくれるよね?」
 「…もちろんですよ。」
 この瞬間、長い年月をかけて付き合ってきたこの気持ちに終止符をうたなくてはならなくなってしまった。それでも、俺は心から先輩の結婚を祝っている風を装う。
 しかし、あの日から俺は仕事が忙しいことを理由にして先輩とは全く会わないようにしてきた。もともと、高校を卒業してからはほとんど会わない生活をしてきたから、誰も不思議には思わなかっただろう。
 本当は、今日も来るべきか迷っていた。俺以外の人間の横で先輩がウエディングドレスを纏っている姿を見るなんて、とても耐えられそうになかったからだ。
 先輩、もし俺が気持ちを打ち明けていたら俺を見ていてくれるようになっていたんでしょうか。今の先輩の横に居るのは俺だったんでしょうか。それとも、本当は最初から俺の気持ちに気付いていて、いつもと変わらない態度をとっていたんでしょうか。なんて、それはないか。先輩はそこまで器用な人じゃないからな。ホント、不器用で…でも心には強い芯を持っていて。先輩の言葉に周りはいつも励まされてきた。本人は全く気付かないけど、人の心を掴むのが上手くて、京の世界に飛ばされた時も先輩は、皆に慕われていた。そして、戦う先輩は強く美しく、周りの者たちは皆、先輩に俺と同じように好意を持っていた。
 そんな風に、考えれば考えるほど、あなたが愛しくてたまらない。今すぐ攫ってしまいたい。そして、俺の中に閉じ込めておきたい。そんな感情を必死に押さえながら今、俺はここにいて、真っ白な衣装に包まれ幸せそうな笑顔を浮かべている先輩を遠くから見ている。実際、そんなに離れているわけではないのだが、先輩との距離がとても遠く感じた。
 俺は、先輩が大好きです。でも、あんなに幸せそうな笑顔の先輩を見ていると、俺は諦めるしかないじゃないですか。だって、何よりも俺は先輩の笑顔が好きだから。その笑顔を守りたいから。だから俺は、自分の気持ちに嘘をついてでも先輩を祝福します。
 「譲…。」
 そうして自分の気持ちを整理しながら、結婚式の様子を見ていたら突然、後ろから声をかけられて驚いた。後ろを振り向けば、そこにいたのは兄さんだった。
 「譲…、大丈夫か?」
 「何が?」
 俺の質問には答えずに兄さんは、ほれとハンカチを俺に差し出してきた。なぜハンカチを渡されるのか、その行為が不思議でたまらなくて、いかぶしげな表情を浮かべていると、兄さんは自分の顔に指をあてた。その行為につられて、俺も自分の顔に指をあててみた。すると、かすかに一筋濡れた感触がした。どうやら、俺は泣いてしまったことにも気付かすにいたらしい。
 「ありがとう。」
 そう素直にハンカチを受け取ると、兄さんはそのまま俺の横に立った。そして俺たちは、互いに何も語ろうとしないまま、黙って今日の主役の二人を眺めていた。
 
 
 先輩、俺はあなたを愛していました。心の底から。長い年月、この気持と育ってきたんです。今更、捨てるなんてできそうもない。先輩には、迷惑をかけないから、これからもこの気持と生きていいですか?

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