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□嶺二
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・年の差カップル
・嶺ちゃんのキャラが迷子



ドキドキしながら、千晴は両手に収めた小さくて四角い箱を見つめる。この箱はただの小さな機械の塊だけれども、メロディーが奏でられると途端に魔法の箱になる。
小さな箱が千晴の大好きな人の声と文字を届けるのだ。遠くに離れている恋人との距離を忘れてしまえる携帯電話は、今の千晴にはとても大切なものだ。



千晴と嶺二は、いわゆる幼馴染だ。
近所に同年代の子供が居なかったせいで、千晴はいつも嶺二にくっついて走り回っていた。
嶺くん、と名前を呼ぶと、なぁに千晴くん?と嶺二の甘い声で囁かれるのが好きで、千晴は7つ年上の嶺二に憧れ以上の情を抱いていた。
嶺二が中学生になるとなかなか会える時間が取れなかったけれど、帰宅途中の嶺二を見つけてはランドセルを揺らして抱きついたものだ。
嶺くん大好き!と屈託無く告げると、嶺二もにこりと笑って、僕も千晴くんが大好きだよと大きな手で頭をなでてくれるのだ。

年齢があがっていくにつれ、周りに可愛い女の子が増えて異性を強烈に意識しはじめる年齢になっても、千晴は相変わらず嶺二の家に入り浸っていた。
どんどんとかっこよくなっていく幼馴染に焦って、可愛くない態度で反発したこともあった。それでも嶺二は見守るような目でそれを許してくれた。
そんな暖かい目ですら、子ども扱いをされていると一人で勝手に癇癪を起こしていた千晴が、その恋を自覚したのは中学3年の時だった。
いつもの通り嶺二を見つけて抱きつこうと思った千晴だったが、隣に細くてしなやかな女性と仲よく歩いていることに気づいた。
その光景を目の当たりにした千晴は痛いくらいに自覚させられたのだ。
嶺二はいつまでも千晴だけのものではないのだと。

嶺二の周りには魅力のある人がたくさん居て、7つ下のガキ(しかも男)なんか嶺二は眼中にないのだろう。
恋と同時にその絶望を胸に刻みこまれた日のことは、いつまでたっても忘れられない思い出だ。

食事が喉を通らないくらいに悩んで泣いてうじうじとベッドにひきこもっていた。
千晴だってもう恋を知らない子供じゃない。大好きな人から侮蔑の表情を向けられることが恐ろしくてたまらない。
それでも、自分の気持ちに気づけば会いたくて仕方が無かった。

その頃にはもうとっくに芸能界に馴染んでいた嶺二と会う機会はほとんどなかった。
華々しい芸能界の面子に囲まれた嶺二が恋人が居ないはずなかったのだ。あんな魅力的な人に気づかない女がいるわけがない。
きっと嶺二はドラマのような恋をして、幸せそうなキスを交わしているのだろう。千晴の見知らぬお似合いの女性と。


いつまでも臥せって体調の回復が見えない俺に参った母さんは、病院に行けとしきりに言ってきたが拒絶した。
恋の病ですだなんて申告するのは恥ずかしすぎる。しかも7つ年上の芸能人の男に、だ。
また勝手に一人で傷ついてパンパンに腫れた目からじわじわと涸れることのない涙が溢れてくる。
想像して泣いて落ち込んで意識を手放すようにして寝て、そんなことをずっと繰り返していたらコンコンというドアをノックする音が不意に聞こえた。
応えを返そうにも嗚咽をこらえすぎてガラガラに嗄れた声では無理だった。

入るよ、という馴染んだ声に驚いて飛び起きると、そこには会いたくて会いたくて仕方の無かった嶺二が居た。
どうして?寮に住んでいるはずなのに?会えない距離ではないけれど、おかしいなと直感が働いた。
「ママさんが、千晴くんが元気ないから励ましてあげてって」
「……いらない」
ガラガラ声で強がって拒絶した。
「そっか。でも僕は千晴くんに久しぶりに会いたいと思って来ただけだから。無理に理由を聞こうとも思ってないよ」

いつもみたいに話そうよ、と笑う嶺二が記憶と全く違わなくて、またじわりと涙腺が緩む。
嶺二が優しすぎるのがいけないんだ。千晴のことなんか気にせずに芸能界の女とよろしくやっていればこっちだって吹っ切れたかもしれないのに。
「えっ、僕が来るのが泣くほど嫌だった?」

目に見えて慌て始めた嶺二に千晴は肯定も否定もせずにほろほろと涙を流すだけだった。
困ったように頭を掻いた嶺二は、そっと千晴の頭を撫でた。
小さな頃からその手が大好きで、いつも撫でてとせがんでいた。
「千晴くん、泣かないで……ね?」
そっと親指で涙を拭う嶺二はまるでドラマの主役のようにこの動作が堂に入っている。

「………ってんの」
「ん?」
涙でガビガビになった唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「誰にでもやってるくせに、こんなこと」
「え……」
「近所のガキなんか相手になんないことなんかわかってる!でも、俺はっ……!嶺くんのことが好きで好きでしょうがないんだよっ」
頭が真っ白になったまま言葉を吐き散らしていたら、本心が勝手に出てきてしまった。
でも何日もこうして臥せっているよりも、気持ち悪がられてもいいから決着をつけてしまおうと口が動き続ける。
「嶺くんに彼女がいるって知っただけで、悲しくて悲しくて心臓が痛くてこんなボロボロになっちゃったんだよ!」
引きつった喉のせいで時々裏返る声すら忌々しい。こんな風にして気持ちを伝える気などさらさらなかったというのに。
もう全部終わりだ。もう何もかも嫌になってきた。

「も、帰って」
布団にかぶさってくぐもった声で退室を促すけれど、嶺二が動く気配は無い。

言いたいことだけ言って帰れだなんて愛想を尽かされてもしかたない。
でももう関係ない。どうにでもなれ。ままよ。
失恋の訪れにまた視界が歪む。今日だけ思いっきり泣いて忘れて、明日からちゃんと学校に行こう。
可愛い女の子を好きになって、付き合って結婚して父親になるんだ。
そんな幸せなはずの未来予想図を思い浮かべながら、苦しくてたまらずに嗚咽を零す千晴。
不意に布団に圧力がかかったと思うと、布団越しに嶺二の声が届いた。


「………千晴くんは、ちゃんと幸せになった方が良いよ。僕みたいなおちゃらけた人間なんかよりもっともっと素敵な人がたくさん居るんだからさ」
その言葉に更に涙が溢れだした。
嶺二は何もわかっていない。どんな想いで千晴が気持ちを告げたのかも、その覚悟もなにも。
怒りに身を任せて布団から身体を離し、千晴は驚いている嶺二を押し倒した。
「っざけんな!!どんなにおちゃらけててもダメ人間でも、あんただから好きになったんだよ!周りの女なんて関係ない!嶺くんだからこんなに好きなんだよ……!俺が誰と居た方が幸せだなんて嶺くんがわかるわけない!」
襟を掴んで吠えるように叫んだ。

「俺の気持ちを知ってもらって、それで俺のこと幼馴染以外に見られないなら仕方ないって思った。でも嶺くんは逃げただけだ。世間一般の答えで俺の告白を誤魔化すなっ!俺は……俺はっ」


うわぁん、と小さな子供のように泣いた。自分の気持ちがうまく伝えられなくて、わかってもらえないことに癇癪を起こす子供だ。
「っ、嫌いなら嫌いって、はっきり言えばいいんだっ……」
バカバカ、と嶺二の胸板を力のまま殴りつける。
栄養を摂っていないフラフラの身体ではひょろひょろパンチにしかならなかったが。

「俺の気持ちが迷惑なら、もう好きだって言わないから……。気持ち悪いって思ったんならもう二度と会わないから、」
千晴の怒涛の告白に黙ったままの嶺二の瞳は見られない。
あんな大口たたいておいて、結局は嶺二に嫌われるのが怖くてたまらないのだ。
まるで断罪する裁判長を待つ被告人のように、嶺二の言葉を震えながら待つ。

嶺二は何も言わず、ゆっくりと千晴の背中をさすった。
「優しく……すんな」
振られるとわかっているのに優しくされたら惨めだ。
「好きな子に優しくするのはいけないこと?」
「っ、」
ひゅっと喉が鳴った。嶺二の言っている意味がわからない。音としてしか認識できずに、8bitのパソコンみたいに処理速度の落ちた脳が意味を理解するのを拒否している。
「ねぇ千晴くん。僕は千晴くんが思ってる以上に面倒くさい人間だよ。今までは頼もしいお兄さんの顔しか見せてなかったけど、僕だって怒ることもあれば誰とも話したくない時だってある。千晴くんに八つ当たりするかもしれない。良いお兄さんで居ようとした僕しか見てない千晴くんのイメージを壊したくないんだけどね」
結局僕も千晴くんに嫌われたくないんだよと、遠い目をしながら淡々と言葉を紡ぐ嶺二を千晴は負けん気でにらみつけた。
「わかんないじゃん、そんなの。嶺くんが怒るとこを見たことないんだから、嫌いになるかなんてわかんないよ。だから俺は知りたいんだよ、嶺くんのいろんなこと」
「こんな卑怯な大人に振り回されてほしくないんだ。千晴くんの気持ちには応えられないのに、好きでいてほしいなんて思ってる僕はワガママだよ」
千晴の気持ちに応えられないと言っておきながら、嶺二の手は慈しむように千晴の頭をそろりと撫で上げている。
ずるいずるい、こんなの本当に卑怯だ。甘い声でそんな言葉を吐かれたら、諦める気なんて到底おきない。
「嶺くんが卑怯でワガママってこともわかった。……でも好きだ」

嶺二の胸にそっと頭をくっつける。許されるだろうか。ドキドキしながら嶺二の体温を感じていると、たまらないといった風に抱きしめられた。
「れ、れいく、」
「かなり心狭いよ、僕は。千晴くんの友達が少しでも千晴くんに触るだけで嫉妬する」
「い、いいよ……して」
「でも僕は仮にもアイドルだから、女優さんとか他のアイドルとかに触れることもあるかもしれない。ドラマやCMでキスするかもしれない」
「……嫌だけど、よくないけど、いいよ」
千晴が拗ねた声音で告げるとくすりと笑われた。
「一日中時間を問わず仕事してるようなもんだから長い休みだって取れないんだよね。千晴くんとデートの約束してても仕事が入っちゃうかもしれない」
つらつらと言い訳を連ねる嶺二はもうただ、意味のない戯言を言っているに過ぎなかった。
思い切って千晴を受け止めきれないと思っている自分を誤魔化すようにして嶺二は止まることの知らない口を動かす。

なんなんだよ、両想いなのこれもしかして?

嶺二はつまらない言い訳で自分の恋心どころか千晴の気持ちまで消そうとする。
それだけは許せないと、年下の精一杯の甘えという形を取って千晴は嶺二を囲いに掛かった。
「嶺くんが俺のこと好きになってくれるなら、全部我慢するから。女優とのキスもデートのドタキャンも許すし、休みがなくてもいい。俺が会いに行ったら10分だけ会ってくれればいいから」
だから、だから。
「好きって言って……」
ぽそりと小さく漏れた本心は、嶺二の服に吸い込まれて消えた。
それでも嶺二の耳にはしっかりと届いていたようだ。


そしてすぐに俺の願いは叶えられた。
耳元で囁くように好きだと言われ、千晴はまた蛇口を捻ったように涙を溢れさせた。
泣かないの、と腫れぼったい目にキスをされたらまた泣けてきた。
いい加減、俺の涙腺がやばい。病院行かなくちゃ。

キスをねだると頬にされて、むくれた千晴を嶺二は晴れやかな笑みでつついた。
「キスは高校生になってからね」
「俺は子供じゃない!」
「中学生に手を出したってバレたらさすがに捕まっちゃうからね……」
苦笑する嶺二に千晴もそんなものかと納得した。ならば、高校生になるまで我慢しよう。だって好きになってくれるならば何でも我慢すると言ったのは千晴自身なのだ。


「ねぇ千晴くん。また俺が千晴くんに好かれてる自信なくしちゃったら、さっきみたいに怒ってくれる?」
「うん。目ぇ覚ませって怒って殴ってキスする」
「ははっ」
それもいいなぁと嶺二が笑うから千晴も笑った。
こうして二人は恋人になった。



しかし恋人同士の蜜月を堪能したのも束の間、今度は千晴が親の転勤で西へ行くことになってしまった。
えぐえぐと泣く千晴に、嶺二は大丈夫だからと慰めてくれた。
距離が遠くなってしまって会えなくなるのは寂しいけど、嶺二はちゃんと千晴を好きでいつづけると約束してくれた。
メールも電話もできるだけ毎日するし、休みがあれば会いに行くと嶺二は言った。
千晴もお金を貯めて会いに行くと告げれば面映そうに待ってると言ってくれた。

そこで千晴は、嶺二に優しいキスをもらった。
卒業して少し大人になったから、少し大人のキスを教えてあげる。
そんな甘い言葉に酔ってされるがまま、千晴は嶺二のキスを受け止めた。
柔らかい嶺二の唇が千晴の下唇を軽く食む。ちろりと舐められてしまって、千晴はぴゃっと身を竦ませた。
落ち着かせるように肩をさすられて、千晴は嶺二の服をぎゅっと掴んで震えた。
ちゅっと軽いリップ音をたてて何度かキスが贈られる。
ふっと嶺二の吐息が千晴の唇にかかって、キスの終わりを告げた。
ぼんやりと夢心地の千晴に嶺二は低く掠れた声で、「続きはまた今度ね」と囁いた。


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