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□嶺二
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俺の恋人は、結構有名なアイドルである。
そして俺はその恋人に曲を捧げる作曲家である。
恋愛禁止とかいうふざけた社長命令の中で、こっそりと付き合っているのだが。
人に明かせない関係だし、嶺二はアイドルという仕事上、ファンの子を大切にしなくちゃいけない。
それに最近はドラマにも出演していて、役とはいえその子に恋い焦がれたりキスをしたりと、正直どうやってやり過ごせばいいのかわからない日々だ。
優しい男だから、誰かを無碍にしたりしない。
だからこそ、共演者に惚れられちゃったりするんだよな。

ドラマでの共演が切っ掛けで連絡先を交換して、せっかくのプライベートタイムに相手の子の返事をしている嶺二を見るともやもやする。
出待ちしている子にもサインしてあげたり写真とってあげたりと、ファンサービスが手厚いせいで年中女の子に追っかけ回されてるし。
それが何となく癪に障って、最近はつれない態度を取ってしまっている。


だってさ、追っかけ回されてるだけならまだしも、ファンレター読んでデレデレしたり、メッセージのやり取りしながらニヤニヤしてるんだぞ!?
恋人の俺が隣に居るっていうのに!!!!
これは由々しき事態ですよ、とドラマチックに脳内で話を進める。

俺がそっぽ向いても不思議そうにしてるだけで、全然構ってくれないし。
「こうなったら浮気だ、浮気」
まあ、浮気に見せかけて嫉妬してもらおう作戦だ、要するに。

「藍ちゃんは……駄目だな」
その行為にメリットを感じない、とか言って一刀両断されそうだ。
「カミュ……は、もっと酷いこと言われそう」
なぜ俺がお前ごとき庶民の恋人役をしなければならない?考えただけで寒気がする、とか言われそうだな。
「もうそうなったらランしかいないじゃんか……。でもランなら、焼き肉奢るって言えばついてきそうだな。それに何だかんだ言って優しいし」
他の二人よりかは泣き落としで絡め取れる可能性が高い。




「と、言うわけで宜しく!」
「はぁ?何が「と言うわけで」だよ、おれは絶対やらねぇからな」
「何でだよ!!やだ!!お願い!!」
「それが人に物を頼む態度かてめぇ!」
「だって嶺二が悪いんだ!嶺二が俺を放って女の子と楽しそうにしてるから!!」
「んなのは直接、嶺二に言え!」
「『千晴くんヤキモチ焼いてるの〜?かーわいーい』とか言われるのがオチだから嫌だ!腹立つもん!」
「確かに腹は立つがなぁ……」
「俺がどれだけ辛い思いをさせてるか思い知らせてやりたいんだもん!」
「もんとかいうな、気色わりい」
「どんな罵声でも受け入れる!」
「気持ち悪ぃんだよ、だから!」
「お願いだよー、ランしか居ないんだよ〜、嶺二をギャフンと言わせたいんだよ〜」
「おい、なんか目的変わってきてねえか?」
「うまくいったら焼き肉奢るから〜、食べ放題に更に飲み放題も付けちゃうから〜」
頷くまで離さない!とランの足に絡みつけば、やっぱりお人好しのランは、大きな溜め息と共に了承してくれた。

「だからって、積極的に協力はしねえからな」
「うんうん、俺がランに付きまとうから、あしらわないで居てくれるだけで良いんだ」
「あ?そんなことで良いのかよ」
「え、もうちょっと協力してくれんの?」
「あー、今の無しだ。それだけで良い」
「ありがとー、ランちゃん愛してる!」
「ちゃん付けはやめろ!」
「はいはーい」

よし、これで嶺二をギャフンと言わせる準備は整った。
明日はQUARTET☆NIGHT用の楽曲の打ち合わせもあるし、そこで十分ランといちゃつけば嶺二も慌てるだろう。




そして翌日、俺の思った通りの展開になった。
ランに絡む俺を見て、嶺二が拗ねてみせたのだ。
「ちょっとランラン〜?ぼくの可愛い千晴くんを独り占めしないでよねっ」
「は、別にしてねぇよ。こいつが絡んでくるだけだっつうの」
「今回はランがメインの楽曲なんだから、仕方ないだろ」
「そうなんだけどっ」
プンプン、とあからさまな嶺二の態度ににやけないように必死だった。
嶺二が拗ねてる!妬いてる!と心の中はお祭り騒ぎだったけど、それを見せまいとランと打ち合わせを続けた。
まあ、これは本当にしなくちゃいけないことだから、嫉妬云々は一旦置いといて、真剣に話した。

メインであるランが映えるようなコーラスラインを考えて、藍ちゃんは即興で振り付けなんかも考えたらしい。
ファーストインプレッションを大事にする藍ちゃんは、よくこうして打ち合わせ中に軽く振り付けを決めてしまうことがある。
もちろん全部が全部決められてしまうわけではないけれど、このスタイルを俺たちは気に入っていた。
それぞれの歌うキーを調整したりして、あっという間に時間が過ぎていった。


「あっ、嶺二この後収録あるって言ってたっけ?終わりにしよっか」
「うん、ごめんね、皆忙しいのに」
俺が時計を見てハッとすると、嶺二も同様に自分の腕時計を見て片付け始める。
「ボクも丁度この後用事ができたから問題ないよ」
「俺も別件でシャイニングに呼ばれている」
藍ちゃんとカミュもそれぞれ用事があるみたいで、ぱぱっと荷物をしまっていた。
「俺は片付けに時間掛かるから、皆どんどん帰っちゃって、お疲れさま!」
資料やら楽譜やらを広げていたから、わたわたしながら皆に別れを告げる。


「約束、忘れんなよ」
ランに頭を軽くぽんぽんされた。
その言葉を逡巡することなく、焼き肉の件だと理解した。
確かに嶺二に嫉妬したと言って貰えたし、自分としては大成功だ。
仕事やファンのことでもやもやしていた俺が勝手に盛り上がって、こんな計画を企てたわけだし。
デレデレしていたとはいえ、嶺二は仕事の延長線上としてやっていることだろうから。
嶺二のやきもち焼いてくれた姿を見て、溜まっていたフラストレーションも少し減ったし、美味しい焼き肉でも食って忘れてしまおう。
「うん、もちろん。また連絡する」
「おう、早めに頼むぜ」
もう頭の中は焼き肉でいっぱいなのだろう、上機嫌のランは鞄を担いで部屋を出て行った。

「じゃあ、ぼくも行くね」
「あっ、うん。頑張ってな」
後片付けに手間取っていたのだろうか、最後に嶺二がドアに向かって歩いて行く。
俺も次の予約者の為に早く綺麗にしてしまおうと手を動かしていると、ふと影が落ちた。
顔をあげるとそこには嶺二が居て、首を傾げた。

「嶺二?急がなくてだいじょ―……」
ふに、と唇に温もりが触れた。
違えることなくそれは嶺二の唇で、音も無く離れていった。

「千晴くん補給」
吐息の掛かる距離で囁かれ、少し恥ずかしくなった。
嶺二ってこんなに恥ずかしい事でも臆面もなくできちゃうんだよな。
まったく、これだからイケメンは。
「……今ので補給できたろ、ほら、仕事仕事!」
ぐい、と嶺二の両肩を掴んで回れ右させた後、背中を押した。
「千晴くん、」
「ん?」
ふとこちらを振り向いた嶺二は何か言いたげに視線を彷徨わせたけれど、すぐにいつもの笑顔になって「行ってきます」と出て行った。
「どうしたんだろ」
変なの、と独りごちていると、とうとう次の予約者が来てしまい、俺は慌てて部屋から出た。





そうして数日が過ぎ、俺はランと約束の焼き肉に行った。
モリモリ食べる姿に俺もつられてご飯を2杯もおかわりしてしまった。
その後で靴やら鞄やらを見て回って、部屋に戻ると嶺二が居た。

「あ、嶺二いたんだ」
スペアキーを渡してあるからもちろん居て良いんだけど、いつも居る時は事前に連絡をくれるから、少し驚いた。
「びっくりした?」
「うん。何かあった?」
コートを玄関先のフックに掛けていると、嶺二は玄関まで迎えに来てくれた。
「会いに来たら駄目だった?」
「そんなことは全然―……」
突然、抱き締められた。
首筋に顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らす嶺二。
「ランランの香水の匂いがする」
「え?」
ランが上着を試着する時にコートを預かったから、その時に付いたのか?
「匂いが付くようなことしたの?」
「へっ?」
嶺二の質問の意図がわからず、素っ頓狂な声を出す。
「ねえ、どうして浮気なんかするの?」
思いも寄らない単語に俺が言葉を失うと、沈黙を肯定と受け取ったのか、嶺二は苛立たしげに俺の顔近くの壁を殴るように手をついた。

その音の大きさと背中に伝わる振動に、少し身体が竦んだ。
「ランランとのデート楽しかった?」
「で、デートって」
「恋人のぼくよりランランとデートする方が楽しかったでしょ」
「ちが、」
「駄目だよ、浮気なんて」
「浮気じゃないって、俺の話を―……んんっ」
話そうとすると、嶺二が俺の頤を掬ってキスを仕掛けてきた。
いつもより苛烈なキスに、息をするのも難しかった。
酸素を求めて唇を開けば、口いっぱいに嶺二の舌が攻め込んできて、気道を塞がれる。
んぐ、とみっともない音が零れて、それでも嶺二は容赦なく口内を侵略していく。
離せと嶺二の胸を叩いても、拘束は強まるばかりだった。
強引に押し進められるキスが苦しくて、どうにかキスを振り切って息を吸った。

「っ、はぁっ、は……っ」
「……ぼくはこんなに千晴くんの事が好きなのに、」
「そ、その勘違い待った!いや、っていうかごめんなさい!」
嶺二の瞳から光が失われかけていて、これはマズいぞと自覚して待ったを掛ける。
とつぜんの謝罪に、嶺二は俺が浮気を認めたと理解したようで、カッとなって俺の腕を拘束する。
「あっ、違う違う!浮気はしてない!」
「浮気『は』……?」
「いや、思わせぶりな態度は取ったけど、嶺二に嫉妬してほしくて、ランに協力してもらっただけです!」
「え……?」

腕の拘束が弱まったのを見逃さずにそこから抜け出して、自由になった両腕を嶺二の身体に巻き付けて抱き締めた。
「嶺二がドラマの共演者とか、ファンとかにデレデレしてるのが嫌で……。仕事だってわかってるけど、どうしても気にくわなくて、逆に嶺二に嫉妬して貰えたらなって、思ったんデス」
ぽそぽそと嶺二に嫉妬してもらおう作戦の全貌を話す。
今日ランと出掛けたのもそのお礼の焼き肉であって、決して浮気だとかそういう意図はないときっぱりと告げる。

「……煙の匂いする」
くんくんと俺の服をもう一度嗅いで、嶺二はぽやんと呟いた。
「あっ、何だったら領収書もあるし、」
「ううん、いらない」
力なく答える様に、かなり気を揉ませてしまったことを知り、猛省した。
「ほんっとうにごめん。試すようなことして、ごめんなさい。あの時嶺二がしてくれたみたいに、俺も素直にヤキモチ焼いてるって言えればよかったんだけど、」
「千晴くんは変なところで素直じゃないもんね」
「うう……」
そんなこと無いって言いたいけど、ここまでやらかしてしまったからには何の申し開きもできない。

「えと、その……。嶺二がまだ俺に愛想尽かしてなかったら、」
「ぼくが千晴くんのこと嫌いになるわけないでしょ!」
「わっ、……は、はい」
さっきとは打って変わって、力強くそう宣言された。
驚きが最初に来たけれど、次第にその言葉がじわじわと染みてきて、嬉しさに顔がほころんでしまう。
嫌いになるわけない、だって。


「……すき。れいじ、すき」
全身から滲む感情をたったひとつの言葉にして、目の前の愛しい人にぶつけた。
こうやって自分に素直になれば、ほら。
大好きな人のこんな満開の笑顔が見れた。


(ぼくの方がずうっと大好きなんだよ)
(それに関しては負ける気がしない)
(千晴くん、大胆なこと言ってるって気づいてる!?)
(遠慮も隠すのもやめることにした)

>>>
嶺ちゃんがキレている部分が難しかったです……。
嶺ちゃんは落ち込みそうですよね。

ゆみ様、企画へのご参加ありがとうございました!
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