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□真琴
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ある日曜の午後、千晴は岩鳶に唯一あるカフェに入って凛と対面していた。

「で?話って何だよ。つか、あいつらは?」
あいつら、というのは二人組か四人組のどちらだとジト目で凛に聞く千晴に、凛はなぜ自分が呼ばれたのかを察したようだった。

「……真琴だよ」
話の本質はそれだろうと言われるのは悔しい。悔しいのは、それがど真ん中に大当たりだからだ。

「真琴は遙と渚と怜とプール用品のお買い物中ですけど」
八つ当たりなどお門違いだということは百も承知だが、これでも相当我慢してきたのだ。

「水があればとりあえず服を脱ぐ奴と子犬みたいにきゃんきゃん騒ぐ奴と子犬に煽られてガミガミうるさい後輩のお守りで忙しいんだよ、あのお人好し」
「それで嫉妬かよ」
「うるさーい!俺だって、気を引こうとしてワガママ言ったさ!でもそれ以上の奴らに真琴をかっさらわれんの!」

少しでもこちらを向いてもらおうという努力は、千晴なりにはしたのだ。
それがそこまで強引ではなく、真琴を困らせるのも本意ではないために、ほんの数回で気を引くのは諦めた。
夜に真琴の家に行けば、運が良ければ真琴と二人きりになれる。
真琴が遙の家に行っていないか、双子がテレビに夢中になっている時だ。


「真琴に甘やかされたい……」
「充分甘えてんだろ」
「一日でいいから、真琴を独占しないと真琴不足で死ぬ」
「そんな簡単には死なないから安心しろ」
「慰めてくれたっていいだろ!ていうか!人が話してる時に携帯をいじるんじゃない!一旦それ置いて俺の話聞いてくれないかな!?」
友人にまで蔑ろにされるなんて、そろそろ本気で泣きそうだ。

「どうせ、とりりんだろー」
「とりりん?」
「『松岡せんぱぁい!』って凛にぞっこんの似鳥くん。あ、今ちょっと似てなかった?」
「気持ち悪いアダ名つけんな」

ぶーぶーと文句を言いながらも、コーヒーをすする。
しばらく似鳥と凛のことをいじっていた千晴だったが、やはり頭に浮かぶのは真琴のことばかりだ。

「は〜あ。今頃、真琴は皆にいろいろお世話してあげてんだろうな。ほら、渚とかよく食べ物こぼすし」
「そんなのお前らが付き合う前からそうだっただろ」
「世話好きなところも真琴の長所なんだよ。ただ俺が真琴を独占したいって気持ちが大きすぎるだけ。俺だけ見て!とか、構って!ってねだるなんて恥ずかしすぎるし」
「あいつ、そういうの嬉しいんじゃねえの?」
「う〜……どうだろ。でもただでさえ誰かの世話焼いてるのに、俺までってなるとやっぱりさ……一人の時間も欲しいだろうし」

プライバシーなど関係なく双子は真琴の部屋に入り浸り、真琴にしがみついて、あのね聞いてと左右から話を始めてしまう。
真琴がそれを鬱陶しいと思うそぶりなど全くないけれど、遠慮してしまうのだ。

「理性的な俺と欲張りな俺が日夜戦って、最近は理性的な俺が瀕死状態ってわけ」
「真琴は鈍いからな……ちゃんと言わないとこのままずるずる悩むだけだぞ」
「んー……だよなぁ」


どうしよう。
自分の欲ばかり真琴に押し付けるようで、千晴は正直居心地が悪い。
困らせたくないなんて建前で、本当は真琴に嫌われたくない、呆れられたくないという自分本位の塊を抱えているだけだ。
真琴がこれくらいで千晴のことを嫌いになるはずもないなんてわかりきっていても、何度もねだれば重荷になるのは明白で。
許されたからといって調子に乗って自滅するなんてまっぴらごめんだ。


「あーもー。真琴に会いたい抱きつきたいキスしたいずっといちゃいちゃしたい。あの綺麗な目で見つめてほしい。あの声で名前呼んで欲しい。長い腕で抱き締めて欲しい」
「ぶっ!」
「……今の声に出てた?」
完全に脳内再生だと思っていたのに、どうやら緩い口は軽やかに動いていたようだ。

「欲求不満ってことはわかった」
「もうやだ埋まりたい!凛、今すぐ忘れろ!」
「いや、もう聞いたから無理。な、真琴?」

当たり前のように吐き出された、ここにいるはずのない名前。
「は?」
呆気にとられた千晴は凛の顔を見つめると、上方に視線を泳がす凛が「来いよ」と再度言葉を投げ掛けた。


瞬時に後ろを振り返ると、顔を真っ赤にして気まずそうに大きな身体を縮こませて、所在なさげに真琴が立っていた。
「なっ、え?なんでここにっ……」
パニックになった脳内は現状把握を拒む。
意味のなさない言葉が唇からぽろぽろ出てきて、ようやく形になったのは、いつから聞いてた!?という言葉のみ。

「凛から千晴を迎えに来いってメールが来て……。その、俺を独占したいとか、構って欲しいっていうのは恥ずかしくて言えないとかのところからなんだけど……」
許容範囲を軽々と超えた真琴の言葉に、千晴は憤死してしまいそうだとこれ以上ないほど顔を染めた。
真琴もそれに負けず劣らず頬に熱を持っていたが。


凛は無表情で二人を見つめていたが、きっと千晴は目を潤ませて、違う!忘れろ!と叫ぶんだろうなと踏んでいた。


「……ま、まあとりあえず座って」
立ち尽くしていた真琴がテーブルの前にやってくると、凛の横まできた千晴が凛の腕を掴み、立たせた。
真琴を壁際に追いやってまた凛を座らせ、千晴は向かいの椅子に一人で座る。

真琴と凛は千晴の不可解な行動に首をかしげた。
「おい、普通お前らが隣同士だろ」
意図はなんだと言外で告げると、千晴はぐいっと一気にコップの中味を飲み干した。
「………じゃっ、会計は任せた!凛のあほ!」

謎の罵倒を残して千晴は取るものも取り合えず店から出ていった。
「っち、おい!待て!荷物忘れてんぞ!」
「千晴!」
真琴を壁際に追いやったのは、少しでも逃げる時間稼ぎをするためだったのだ。

「ったく、こずるい手使いやがって……おい真琴、何やってんだ」
「千晴のコーヒーのお金……」
「今そんなこと言ってる場合かよ!?早く追いかけろ」
「だめだよ。はい、500円でいいよね」
500円硬貨をテーブルに置いた真琴は、千晴の荷物を持ってコンパスの長い足で駆け出した。

「コーヒー代すら他の男に出させない奴に嫌われたくないとか……笑っちまう」
くっくっと喉を鳴らして、凛も一気にコーヒーを呷った。





その頃、千晴はカフェから少し離れた路地裏で息を整えていた。
「うぅ……最悪だ。今までの我慢してたやつ全部聞かれた……し、しかも構って欲しいとかまで!」
きっと今逃げ回っても真琴は夜に家に来るだろう。
その間だけでもいいから、どう言い繕うかを決めておかなければ。

「凛のばかあほつんでれ」
思い付く限りの悪態をついたけれど、こんな荒いやり方でなければ今もまだ自分はうだうだと悩んでいたのだと思えば、少しは感謝した方がいいのだろう。


「千晴!」
こんな細い道にいる千晴をどうやって見つけたのかはわからないけれど、真琴は確かにそこに居て、千晴の肩に手を置いた。

「ごめん、俺……」
謝ってほしいわけじゃなかった。またこうして真琴に迷惑をかけてしまった。

「ち、違うから。さっきのは忘れて」
忘れて欲しくなんかないくせに、やっぱり真琴の前では取り繕ってしまう。

「……俺、千晴が俺に甘えたいと思ってくれてるなんて思わなくて。だからさっきの本音を聞いた時、すごく嬉しかったんだ。千晴が俺のことちゃんと好きでいてくれてるんだってわかったから」
優しさを強調する下がった目尻が更に温かみを帯びている。

「俺ももっと千晴と一緒に居たいよ。触ってたいし……そ、その、キ、キスもしたいし」
自分の発言に羞恥を覚えたのか、真琴は照れたように、へへと笑う。
真琴に引き寄せられた千晴の身体は、広い胸板に抱き止められる。
「ちゃんと教えて、千晴がしたいこと、してほしいこと。それに、一緒にしたいこと」
髪を真琴の指先でやさしくいじられ、千晴はもごもごと口ごもりながら答える。

「……たまには二人っきりで居たい」
「うん」
「キスもしたい、し」
「う、うん」
「抱きつきたい」
「俺も千晴を抱き締めるの好きだよ」
「………」

そんな、いとおしさ全開の甘い声を出さないで欲しい。
もっともっと、欲しがりになってしまうじゃないか。


「真琴がみんなと居るのが楽しいのは、俺も嬉しい」
「……千晴」
「だけど、たまには」
きゅっと、より真琴に馴染むように身体を押し付ける。

「俺にも構って」


お願いだから、どうか、どうか。
君の体温をください。


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長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!
凛ちゃんがでばってしまいましたが、気に入っていただけたら嬉しいです!

朔夜様、企画参加ありがとうございました!
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