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□真琴
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※主人公が特殊な体質
※雰囲気暗いです。でも一応両想い話

よろしければどうぞ。






ぷくぷくぷく。
水の中は心地いいから好きだ。
凛とした冷たさに包まれるような感覚。


「……、千晴」

滲んでこだまする音。
誰の声だろう。

あぁそうだ、これは。


「千晴、千晴」



ざぱぁ、と浴槽から顔を出す。
水を張ってそこに揺蕩うという方法は、遙から教えてもらった。
これはとてもいい。
熱に浮かされてぼんやりとする脳がピリッと痺れてスッキリする。


「千晴、おはよう」
「……おはよう」

真琴の落ち着いた甘い声に返事をする。
差し伸べられた手を一瞥して真琴を見つめると、真琴は慌てて手を引っ込めた。

「あ、ごめん。ハルにしてるからついクセで」


人肌は嫌いだ。
ジリジリと相手の肌から移ってくる熱で火傷してしまう。
体温の低い俺には地獄のようなものだ。

真琴が数歩後ろに下がったのを確認して、浴槽からあがる。
遙とは違って水着は着ていないので、すぐに真琴が厚手のタオルをふわりと掛けてくれる。

タオルの上から感じる唇の感触に目を瞑る。


俺は、人肌に触れられると火傷をしてしまう。
これは比喩でもなんでもなく、文字通り肌がヒリヒリと痛み出して引き攣れるのだ。

助産婦が生れたばかりの俺を取り上げた時にそれが発覚してから、常に布越しの触れあいをしてきた。
親に抱きしめられるのも、分厚い包み布をしっかりと巻いてから。
人肌というものをほとんど知らない俺は、だから自分は体温が低いのだと思っている。
原因不明だから、治療もできない。過去に類を見ないというこの体質だか病気だかのせいで、そこそこ苦労はしているのだ。

直接的な熱が苦手な俺は真夏でも長袖長ズボンが当たり前だった。
太陽除けも兼ねているが、半袖で過ごす人が多い時期は長袖を着ていないと、ふとした瞬間に触れあってしまった時に後処理が面倒だからだ。
どうしても他人と接触が必要な時は、いつもより分厚い服を着て、肌が弱いからと理由づけして手袋で対処してきた。


奇異の目で見られるのは慣れた。
仕方がない。
人は肌を寄せ合って生きていくものなのに、俺にはそれがどうしてもできないのだから。





奇異の目、侮蔑の目を向けられることに慣れてすっかり人に心を開かなくなった時に出会ったのがこの男……真琴だった。
へらりと人畜無害の笑みを浮かべ、俺に火傷を負わせた人間だ。
こんな特異体質を自らベラベラ喋ることなどもちろんなかった。
そのせいで、何も知らない真琴は、階段から落ちかけた俺の手を強く握って引っ張り上げた。


夏だったせいだろうか、真琴の体温は俺には酷く高く感じて、ぐらぐらと煮だった釜に腕を浸されたような、不快な痛みが強く襲ってきた。
『っ、離せ!』
助けてもらったというのに、あまりの激痛に俺は真琴を突き飛ばした。
『え?あ……』
何が起こったのかわからないと混乱している真琴が、俺の手が真っ赤に腫れあがっていることに気付く。
『あ、俺が強く握っちゃったからかな……ごめん!痕が、』
『違う!』

ジンジン、痛い。
腫れあがった腕は、夏特有の生ぬるい風にさらされてより強い痛みを生んだ。

『橘は悪くない。俺が、俺の身体がおかしいだけだ』
『日高の身体がおかしいなんて……。俺が強く握りすぎちゃったからだよね?』
こちらが引いているのに自分の非だと主張する真琴に、致しかたないと聞こえないようにため息を吐いた。
自分の身の上をかいつまんで話すと、ぽかんと呆けていた真琴は、へにゃっと眉を下げた。

『俺が触ったから火傷したんだね……。やっぱり俺のせいだ、ごめん』
保健室に行こう、と成長期を見越して大きめにしてもらった制服の余った袖を掴んで、真琴は俺を保健室に連れて行った。
分厚いタオルを念のため二枚重ねて、不在だった保険医の代わりに真琴が俺の火傷の治療をしてくれた。

気持ち悪い、理解できないと蔑まれるはずだったのに。
整理が追い付かないまま真琴をぼんやりと見つめていると、真琴は顔を真っ赤にして項垂れた。
『……なんか、安心した』
『……?』
『俺に触られるのが嫌なのかなって思ってたから』
そんなこと思ったことがない。
人の良いクラスメイトという認識しかなかったが。
この体質はそういう誤解まで作ってしまうから厄介なのだ。

『日高って、金魚みたいだね』
『金魚?』
『……ねぇ、俺、これからずっと分厚いタオル持ち歩くよ』
『……そうか』
『だからさ、タオル越しでもいいから、日高に触れてもいいかな』
じぃっと真摯な視線でまじまじと俺を見つめる瞳。

『………』
『だめ?』
『おかしなやつだな、お前』

多分、そんな存在が珍しかっただけだ。
お互いに、そうだった。



次の日から宣言通り分厚いタオルを持ち歩く真琴は、ことあるごとにタオル越しに俺に触れてきた。
帰り道、誰も居ない細道で手を握られた。
頭をポンポンと撫でるようにされた。

綿越しの真琴の唇の柔らかさが、もどかしかった。
掛け布団で包まれて拘束された身体では、真琴の感触なんてほぼ無かった。


それでも真琴は、俺を好きだと言った。
泣きそうな目で、嬉しそうな声で、力強い腕でその愛情を伝えてきた。









「千晴……」
タオルの上にある真琴の唇が、俺の額に触れる。
すり、と擦り寄ると真琴はくっと息を詰めて大判の分厚いタオルで俺を包んだ。
ぎゅっと強く抱きしめられる。


キスがしたいな、と思った。
恋人同士がするような、舌を絡め合う荒々しいキス。
そんなことが出来ないことは、自分が一番わかっているはずなのに。


分厚いタオルでもこんなに強く抱きしめられては、熱が伝わってきてしまう。
チリチリと生まれる違和感に、真琴の名前を呼ぶ。
「……真琴」
「っ、ごめん……長かったね」
火傷してない?とタオルを奪って目視で俺の肌を点検する。

真琴は、自分の存在が俺を脅かすとでも思っているのだろうか。
それは多分正解で、なによりも間違っている。

「真琴、キス」
目を見開いた真琴が、情けない顔でタオルを被せてくる。



あぁ、いつからだっただろうか。
真琴が真夏でも厚手の長袖を着るようになったのは。

そうだったんだな。
タオルに隠された唇が弧を描く。

音のないキスが浴室にこだました。



>>>
金魚は人の温度で火傷してしまうという話から思いついた金魚系男子のお話。
トンデモ設定で暗い話になったけど不思議な雰囲気を残せた気がして満足しました。
被せる気はなかったのですが、図らずも書いている途中にそういえばまこちゃん金魚飼っていたなと思い出しました。

主人公の無愛想さがハルみたいだなーと思って気にかけているうちに、好きになってしまっていたまこちゃん。
飼っていた金魚と主人公を無意識に重ねていて、いつか自分が死なせてしまったらどうしようと不安に思っている。
でも好きだから触れたくて、でもきちんと触れることができなくて、葛藤する二人。
長袖を着るまこちゃんがどれだけ自分を大切にしてくれているかがわかって、愛されている自覚のある主人公と、不安なまこちゃん。
男の葛藤っていいですよね!!こういうすれ違いっていいよね!!

コメントでも次は甘々がいいと書いてあったのですが、いつのまにかこんなお話になっていました。
次はもっと甘いの書きます!
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