zz

□真琴
22ページ/28ページ

ガチャリと玄関で音がして、真琴はここ数日で一番心が躍った。
帰って来た、と逸る気持ちを抑えきれず玄関まで駆ける。

「ただいまぁ」
くたびれた様子の千晴が、大荷物を玄関にどさっと置いた。
出て行った時は小さめの旅行鞄ひとつだったのに、真琴の母親や千晴の母親から色々と持たされたのだろう。
「おかえり。やっぱり迎えに行けばよかった?」
「いいよいいよ。おれが迎えに来なくて良いって言ったんだし。あーもう、今日の朝いきなり大量に手渡されて、困ったよ」
千晴が靴を脱ぐ間に、荷物を全て持って、千晴と一緒にリビングに向かった。
これをずっと持ち続けるのはなかなかの労働だっただろう。
食べ物類が多かったので、一度まとめてキッチンスペースに避難させた。

千晴はソファに身体を沈めて、「ん〜〜」と伸びをした。
「お疲れさま」
「やっぱり遠かった、岩鳶は」
用意していたセットをキッチンからソファー近くのテーブルに移動させる。

「千晴、お腹すいてる?」
「お昼におばさんの料理しこたま食べたから、そこまで減ってはないかな」
「じゃあお菓子だけ」
茶葉の入った器にお湯を注ぎいれて充分に蒸らした後、即席のティーポットから氷がめいっぱい入った耐熱グラスに紅茶を注いだ。
濁らないようにマドラーで一気に中身を撹拌して、アイスティーを作った。
砂糖水をレンジで溶かしておいただけの手作りガムシロップをつけて、あとはお好みでパックの牛乳とガムシロップを入れるだけにした。
ほろほろになるように少しオーブンで温めたクッキーの皿を差し出すと、千晴は目を真ん丸にした。

「クッキーも真琴が作ったの?」
「それはさすがにできないから市販のだけど、ちょっと温めたから出来立てみたいにサクサクになってるはず」
「アイスティーだって、今まで作ってるの見たことなかったけど」
「紅茶の店に行って、作り方のリーフレット貰ってきたんだ。昨日ちょっと練習した」
千晴は照れくさそうに頬を掻く真琴の行動に目を瞠るばかりだ。

なにか良いことでもあったのだろうかと聞こうとした矢先、真琴は頬を緩めたまま続けた。
「いきなりの帰省で疲れただろうし、千晴が家に帰ってきて少しでもホッとしてくれたら良いなと思ったんだ。蘭と蓮の遊び相手にもなってくれたし」
ありがとうと微笑む真琴の表情を、千晴は久しぶりに見た気がした。
実際は数日しか離れていなかったのに、ひどく遠い出来事のようだった。

千晴がこうなのだから、上京してきてから更に寂しがり屋になった真琴には耐えがたかった夜だったはずだ。
家に帰ったら、真琴が飛びついてきてキスの嵐をお見舞いされると思っていた。
寂しかった、と元から垂れた目じりをもっと下げて、強く抱きしめられて放してくれないんだろうな、と。
そんな千晴の思惑をよそに、真琴はこうして長旅の自分を労うためにアイスティーを作る練習までしてくれたというのだ。
真琴の好意を無駄にしないように、千晴はミルクもガムシロップも入れずにそのままグラスを呷った。
冷たさの後に芳醇な香りが鼻を通って抜けていく。濃いめに入れてくれたからだろう、氷が溶けても水っぽさは感じなかった。
「美味しい」
「へへ」
「ありがとう、真琴」
「どういたしまして」
「真琴、大人になったんだなぁ」
「へっ?何だよ、いきなり」
真琴の行動なんて全てお見通しだなんて思っていたけれど、やっぱり相手の全てなんかわかるはずもない。
わからないからこそ、呆れたりもすれば喜びもして、驚きもするんだろう。
それは嬉しい驚きではあったけれど、なんだか少しさみしい。
自分の知らない真琴、その響きは淋しさと一緒にほわんとした温もりを胸に落とした。



「んー、やっぱり好きだなって」
隣に座っている真琴の肩寄り添った。
数日ぶりの体温がじわじわと千晴に沁みてきて、ほっと息をつく。
顔を横にして頬に唇を押し付ける。


「ただいま、真琴」
「おかえり、千晴」
真琴も見えない尻尾を揺らしながら、千晴に甘い口づけを贈った。





それから二人でここ数日のことを話した。
電話では話しきれなかった些細なことや、真琴の母親からの伝言など、数日の不在を埋めるように二人は休むことなく口を動かした。
その間にもアイスティーとクッキーは量を減らしていく。
千晴からアイスティーのお代わりをリクエストされた真琴は、やに下がりながらお代わりを千晴に渡した。
美味しそうに飲む千晴の姿にうっとりと見惚れて、こんな日が続けばいいな、なんて柄にもないことが頭を過ぎる。

少し怖くなった真琴が不意に千晴の手を握ると、少し不思議そうにしながらも千晴は何も聞かずに握り返してくれた。
それだけで絶対に大丈夫という安心感で満たされる。
話が途切れたところでいよいよ我慢できずに唇を求めると、千晴も満更じゃなさそうに背中に腕を回してきた。
疲れてる千晴を慮ってキスだけで終わらせようとしたのに、妙に色っぽい瞳で「……したくない?」と言われて我慢できる男が居たら教えてほしいくらいだった。
そして肌に、体温に、お互いに飢えていた二人は、真琴のこれまでの我慢を解放するかのようなキスを合図に、ベッドに行く余裕などないままその場で互いの身体に腕を絡ませた。










千晴の体調を思って一度で繋がりを解いた真琴は、腕の中の千晴を包み込みながらそっと髪を撫で梳いていた。
「やっと、落ち着いたかも」
「うん、おれも」
燃え盛る時間を過ごした後のこの気怠い静けさは、凪いだ波のように心地が良い。
「はぁ、布団が温かいって気持ちいいんだなぁ」
「冷房つけてるのに?」
「千晴の体温が気持ちいいってことだよ」
女の子みたいに柔らかい身体は持っていないけれど、真琴にとっては最高の感触で、弾力で、厚みだ。
「もう少しぎゅってしていい?」
「ん、いいよ」
ゆったりと包んでいると、まるで千晴が腕の中から滑り落ちてしまうんじゃないだろうかなんて錯覚に見舞われる。
さっきまであんなに確かめていたのに、つくづく真琴は欲しがりだ。

ほんの少しだけ圧迫感が増したけれど、千晴にとってそれは全く嫌なものではなく。むしろ安堵できる強さだった。
より一層真琴の熱や匂いが感じられて、千晴はもっと密着するように真琴の胸にすり寄った。
胸元に感じる千晴の呼気が愛おしくて、真琴はたまらず千晴の額やら目じりやらに口づけを落とす。
ふにゃんと緩みきった口元を滲ませ、千晴は真琴のキスに酔いしれた。


多分二人が考えていることは同じで、同じだけの熱量でもってお互いを見つめていた。


「千晴、好きだ」
「おれも。大好き」
「寂しかった、千晴が居ない間ずっと」
「おんなじだ」
「同じ?本当に?」
「楽しかったのも本当だけどさ。久しぶりに父さんと二人でいろいろ話して、大学のこととか真琴のことも話したし。真琴の家族にもちゃんと真琴のこと報告できたし、蘭と蓮も帰っちゃやだって泣いてくれたしさ。母さんとも家事トークで盛り上がったし」
父さんが靴下をひっくり返したまま洗濯籠に入れるっていうから、真琴にもよく注意してたって言ったら笑ってたよ。
千晴は楽しそうに思い出してくすくすと笑った。
「だけど、真琴の話をするたびに真琴が隣に居ないって実感して、そしたら何だか妙に寂しくて。小さい時からそれこそ数日前までほとんど離れたことなかったから」
そう考えると家族より一緒に居る時間が長いことになる。改めて、二人の歴史の長さを再確認した。
「岩鳶には真琴との思い出ばっかりあるから、どこに居ても真琴を思い出してた」
それこそたぶん、真琴の影がない場所に居たらもう少し寂しくなかったかもしれない。
それでも、ふとした瞬間に真琴を思い出しては、よくわからない気持ちがぐるりと胸に疼いた。

「真琴が隣に居ないことって、慣れないや」
「そんなことに慣れなくていい。俺の隣にはずっと千晴が居てくれなくちゃ、だめだ」
「駄目なの?」
「うん、絶対だめ」
「そっか、駄目か」

子供みたいな言葉の応酬にくすぐったくなって、千晴は湧き上がる微笑みを噛み締める。
「じゃあ、ずっと真琴のそばに居てあげる」
絶対離さないで?と続けようとした千晴は、真琴がそれを聞いたら今より面倒くさい独占欲の塊になるであろうと思い直して、その代わりに力一杯抱き着いた。

「千晴?何か言おうとした?」
「ひみつ」
「えっ、どうして秘密?教えてくれないの?」
「えぇ、どうしよっかな」
「千晴〜っ」
いつもの情けない真琴の声音にニヤリとしてしまう。
「だって真琴もおれに秘密にしてるだろ」
「え?そうだったっけ?」
「ほら、電話で話した時に秘密だから教えないって」
「あ〜……」

秘密にするようなことでもないことはわかっているのだけれど、やっぱり秘密にされたことは面白くない。
ツンと口を尖らせてみれば、なんてことはない、遙の家に二人で夕食を食べに来いと招待されたのだという。
「遙の鯖料理食べたいなぁ」
「うん、今度食べに行こう」
「真琴の作ってくれたアイスティーも美味しかったよ」
「良かった、練習した甲斐あった。まだ茶葉残ってるから、作ろうか?」
「ん、じゃあおれがお茶菓子買ってくる」
「やった、何がいいかな?」
「うーん、お茶菓子って何があるんだろ」
ケーキがすぐに思い浮かんだけれど、二人とも食べれなくはないが食べたくて仕方ないと思ったこともない。
もう少し甘さ控えめな紅茶に合う菓子とはなんだと、ピロートークにしては些か不似合いの話し合いに終始していた。
結局、真琴は千晴が秘密にした言葉などすっかりと忘れてしまった。

やっぱり真琴は真琴だ、と千晴はなんだか安心してしまったのは、ここだけの話だ。


>>>
超至近距離シリーズ、いかがでしたでしょうか。
普段べったりな二人が距離を実感することで、お互いの存在をより大切に思えたと思います。
米津さんの「Bl/ue J/asm/ine」を聞いて、超至近距離シリーズの二人にもこんな風にお互いのことを感じて欲しい!!と滾った結果、このようなしっとりしたお話になりました。
真琴くんが主人公に差しだしたのはジャスミン茶ではなく、ただの紅茶ですが(笑)。

もし機会があれば、曲と一緒にお楽しみ頂ければ幸いです。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ