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□真琴
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おれの恋人は、優しくて気が利いて面倒見がよくて誠実で甘やかし上手で、ちょっとだけ抜けている。
きっと大学生や社会人になったら"旦那の鑑"として扱われるだろうと言うほど、文句なしだ。
少し優柔不断のきらいはあるけれど、ここぞと言う時にはきちんと判断してくれるから頼りないと思ったことはない。
むしろ子供みたいにわがままを言うおれをよくここまで寛容に包み込んでくれるなと感心するほどだ。
少し怖がりなところもギャップがあってとてつもなく愛らしい。

はるちゃんの無口攻撃もなんのその、ほぼ的確に意図を汲み取るまこちゃん。
そして新妻かというほどにはるちゃんに世話を焼き、はるちゃんはそれが当たり前のように亭主関白を貫いている。
そうは言っても、実際付き合っているのはおれとまこちゃんだ。
まこちゃんの「好き」という言葉を疑ったこともあったけれど、紆余曲折を経ておれはまこちゃんの心をちゃんと信じるようになった。
疑心暗鬼になっていた頃が懐かしいなぁと思うほど、平穏な毎日をまこちゃんと過ごしてきた。
当たり前の、だからこそ幸せな日々に満足していた。
些細な青春を繰り返して、おれたちは高校生になった。

愛情を過不足なく与えてくれるまこちゃんに、おれも素直に愛情を返す。
幸せなんだ、それは。
それをちゃんと知っているのに、おれは欲深くてしかたない。



おれの目下の悩み事は、「まこちゃんが嫉妬してくれないこと」だ。
人の好き嫌いがないまこちゃんは誰にでも優しいし、誰にでも好意を見せる。
水泳部の勧誘で知り合ったれーちゃんですら、数日ですぐに打ち解けてしまった。
まこちゃんは、他人の「善」を信じて疑わない。
そのうち悪い人に壺を買わされてしまうんじゃないかと本気で心配しているほどだ。
う〜ん、でも現実的な面もちゃんとあるし……。

ともかく、まこちゃんは身内のカテゴリーに入れてしまった人にはとてつもなく無防備になる。

おれはまこちゃんとはるちゃんの関係を正しく理解したけれど、それと嫉妬は別物だ。
はるちゃんのお世話をするまこちゃんを観察するのは楽しいけれど、羨ましいなとも思う。
そういう汚い感情に無縁なまこちゃんに、嫉妬に狂う感情を教えたくはないのだけれど。
嫉妬をしているということは即ち、おれを独占したいと思ってくれているということで。
どうすればまこちゃんが嫉妬してくれるのかを考えあぐねて、夜しか眠れない毎日を過ごしているのだ。



そこでまず、正攻法を試してみることにした。
「はーるーちゃーん!」
どすっ
「……朝からタックルはやめろ」
「おはよー!」
「千晴、おはよう」
「おはよー、まこちゃん!今日もかっこいいよ!」
「あはは。千晴も元気でかっこいいよ」
勘違いしてほしくないのは、おれはちょっとだけまこちゃんに嫉妬してほしいだけで、他の男のことを好きになったのかと思われるのはダメだってこと。
千晴は俺の恋人なんだから、あんまり他の男にばっかり甘えないでね。こんなことを言われてみたいだけなんだ。
だからきちんと言葉で愛情を示すのは忘れない。
ただ、今まで全ての好意がまこちゃん一直線だった分、友愛とかそういうのを少しだけ他の人にも分けようとしているだけだ。
それでまこちゃんが妬いてくれたら万々歳、くらいの軽い気持ちだった。



作戦その1。
はるちゃんにべったりになってみよう!

おれと居ない時のまこちゃんは、たいていはるちゃんのお世話をしている。
ならばおれがはるちゃんにべったりしてお世話をしてあげればいい。
嫉妬の対象がどちらになるかわからない諸刃の剣だが、背に腹は変えられない。

「もー、はるちゃんまた鯖?」
「鯖の竜田揚げだ」
水泳部のみんなと屋上で食べることが習慣になったお昼の時間。
一番乗りだったまこちゃんとはるちゃんを見つけて、はるちゃんの隣に座る。
今まではまこちゃんの隣にしか座ってなかったから、違和感を覚えるはずだ。
その違和感がきっかけで、ちょっとは意識してくれるといいな。

「ほら、おれのプチトマトあげる」
「いらない」
「ちゃんと野菜も摂らなきゃだめでしょ!はい!」
行儀が悪いけど箸に刺したプチトマトをはるちゃんの唇に押し付けると、観念してはるちゃんは咀嚼した。

「あっれぇ〜?珍しー!千晴ちゃんがハルちゃんのお世話してる〜」
元気いっぱいのなぎちゃんの声に、「普通だよ〜」と返す。
なぎちゃんは可愛い顔してなかなか侮れないからね。でもなぎちゃんに相談しておけば協力してくれるかもしれない。
うん、後で協力してもらえるように相談しておこう。

にこりと微笑んだまこちゃんは、
「二人とも兄弟みたいだね」
「もちろん俺が上だよな」
「あはは、ハルが?う〜ん、どうだろう」
「どうだろうってどういう意味だ」
あはは〜、と相変わらず花を飛ばしてるまこちゃんは、少しも妬いてくれた様子がない。
「おれがお兄さんでしょ。はるちゃんにおれのお世話なんかできなそうだし」
「お前が弟だ」
「……どっちでもいいけど」
「いや、千晴がお兄ちゃんかな」
「違うぞ、真琴。俺が上だ」
「じゃあ、面倒見られてるお兄ちゃんだね」
ちがう!と頑なに否定する隣でまこちゃんは笑っていた。

はぁ。作戦その1は失敗だ。



それでもめげないところがおれの長所だ。
作戦その2。
なぎちゃんといちゃいちゃする!
なぎちゃんに軽く意図を説明すると、「面白そー!やるやる!」とノリノリで協力してくれることになりました。
さっすがなぎちゃん、理解があって助かる!

………と、思ったのだけど。
雑誌を二人で持ってほっぺもくっつけて至極楽しそうな雰囲気をまこちゃんに見せても、
「渚と千晴が揃うと、場が明るくなって楽しくなるね」
そう言って嫉妬してくれない。

「騒がしい、の間違いでしょう?」
「こらこられーちゃん?先輩捕まえて騒がしいとは失礼な!」
「おれは本当のことを言ったまでです」
「そう?子犬がじゃれてるみたいで俺は可愛いと思うけど」
瞬間、場がしぃんと静まる。
「?」
ニコニコしながらハテナを飛ばすまこちゃんに、なぎちゃんは口元をひくつかせた。
「まこちゃんって……ほんとに鈍感さんだねぇ」
「あ、はは……」
恐るべしまこちゃん!
作戦その2も失敗だぁ……。


作戦その3!
「れーちゃんならどうだっ!!」
「何が『どうだっ!』なんですか」
「思ったんだけど、なぎちゃんもはるちゃんも、まこちゃんの幼馴染なんだよ。ずーーーーーーっと昔から、ミジンコくらい小さい時から一緒だったわけ」
「ミジンコくらいの小ささなら、まだ生まれてもいませんけど」
「そりゃおれだって、小3の時から友達だけどさ。あの二人は気心も知れてるし、人の恋人を取ったりしないってわかってるわけじゃん?だから嫉妬する必要ないわけだよ」
「意味がわかりませんね」
「つまり、高校で出会ったまだ素性の知れないれーちゃんなら、おれを好きになってまこちゃんから奪い取る可能性も残されてるわけでしょ!?」
「そんな可能性、ミジンコレベルで有り得ません」
心底嫌そうに顔を歪めるれーちゃんに、失礼だなとむくれる。
「別におれだってれーちゃんなんか興味ないし!まだイワトビちゃんの方が可愛げがあるね!」
ふんっ、とそっぽを向くとれーちゃんが、なぜかわかりませんが腹が立ちます!と抗議してきた。

「……だってさぁ、まこちゃんがおれのこと好きでいてくれるのはわかってるんだけど、おれみたいにヤキモチ妬いて欲しいんだもん」
しょぼん、としょぼくれている僕に、れーちゃんはきっと「『もん』なんて男が言っても可愛くありませんよ」だなんて皮肉を飲み込んでくれたのだろう。
「千晴先輩………」
「こんな卑怯なことばっかり考えてると、まこちゃんに嫌われるよね」
へらりと力なく笑顔を作って見せるけれど、それがまがいものだということはれーちゃんにもわかってしまったようだ。
「あはは、なんかごめん、ヘンなのに付き合わせちゃって」

さて次は何をしようかと、些か乗らない気分で考える。
まこちゃんに、好きって言わないようにする?
でもやっぱり好きな子には好きって言いたいし……。
まこちゃんの知らない人と帰ったりすればいいのかな。
あ、それいいかも。知らない人と恋人が一緒に居たら気になるよね。

「………一度だけですよ」
「、ふぇ?」
「ですから!!一回だけなら付き合いますって言ってるんです!」
メガネをかちゃかちゃと直しながら、れーちゃんは居心地悪そうに壁を睨み付けていた。
「え、いいの?」
「だいたい、どこからどうみても相思相愛の二人がこれ以上どうなるっていうんですか!熟年夫婦すら真っ青ですよ、あなたたちは」
これはれーちゃんの「デレ」ってやつだろうか。まぁ珍しいこと。

「れーちゃん、ありがとー!」
れーちゃんはやっぱり優しい!と湧き立つ気持ちを抑えられずに飛びついた。

「わっ、うわぁっ」
おれが抱きついたせいでバランスを崩したれーちゃんがガクリと膝を折る。
「わわっ?」
重力に従ってドスンと床に転げ落ちたけれど、れーちゃんが背中に腕を回してくれていたおかげでそこまで痛くなかった。
れーちゃん越しに天井のシミが見えた。
「れーちゃん、大好き!!」
ぎゅっと抱きついた瞬間、部室のドアががちゃっと開いた。


れーちゃんと二人してそちらを見ると、まこちゃんとはるちゃんとなぎちゃんが居た。



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