zz

□真琴
6ページ/28ページ

放課後、焼却炉にごみを捨てに行った帰りに大柄な男を見つけた。
あれは橘真琴だ。

何をしているのだろうかと浚巡する必要もないくらい、岩鳶高校内で告白スポットとして有名な場所だ。

橘ならば告白されるのも頷ける。
男でも羨む体格と、水泳で鍛えあげた筋肉は高校生とは思えないほどだ。
加えて、人好きのする目尻の下がった優しい顔つきに、ふんわり包み込むような甘く落ち着いた声。
年の離れた兄弟を持つ彼が怒ったところを誰もみたことがないのだという。


以上の情報は、噂大好きな隣の席の女子生徒がこれまた噂好きな友達と会話しているのを小耳に挟んだものである。


違うクラスの俺は、そういやそんな男居たなぁ……くらいの認識だったのだが、隣の席の女子生徒の友達はどうやら橘に秋波を送っているようだ。
毎度毎度、イケメン橘くんの話をされれば嫌でも頭に残るし、良い奴なんだなぁと少しだけ好感を持ってしまうのも仕方ないだろう。


そこそこ可愛い女の子の告白を、ごめんね、と断っている橘は、好きな人でもいるのかと追撃されている。
もごもごと口ごもりながら好きな人は居ると言う橘にお構いなく、お試しでもいいから付き合って欲しいとストレートに要求するその子はよく言えば諦め知らず、悪く言えばしつこい。
スマートではないそのやりとりがもどかしかったのもある。


その時の俺はきっとどうかしていたんだ。
そんな優しい男が困っているのだから、助けに行こうかと仏心を出したせいで、たくさんのことが変わってしまった。





「ちょっと失礼」
「え、」
声の方を振り返った二人が俺を見つける。
橘は見ず知らずの奴に話しかけられたせいか驚きに目を丸めている。
あ、こいつ嘘つけないタイプか。


「ごめんな。こいつの好きな奴、俺だから」
背の高い橘の頬をこちらに向かせ、口元を手で隠しながら顔を寄せる。
女の子からはキスをしているように見せかけて、唇を橘の頬にギリギリまで寄せて自分の唇でリップノイズを立てる。


呆気に取られている女の子を尻目に、それじゃあと橘の手を取って退散した。



女の子が見えなくなり、こちらの会話も聞こえないだろうと思われる場所までお互い無言で向かう。
橘は予想外の展開に言葉もなく、俺に引かれるまま歩くだけだ。


「……よし、ここらへんでいいかな」
「え……」
「橘さ、ああやって曖昧にしてるとあの子も期待しちゃうから、嫌ならはっきり断った方がいいんじゃないか」
そういえば隣の席の女子生徒の友達は、そんな所が優しいようで残酷だよね、と大人びた女の顔で苦笑していた。

「まあ、こっちも勝手なことしたから人のこと言えないけど」
告白を見られてあまつさえ助けられたのがまだいまいち整理できていないのか、橘はぽかんと呆けた顔をしながら聞いている。


「ま、じゃあそういうことで」
早々に立ち去ろうと足を踏み出すと、
「ま、待って!」
弾かれたように顔をあげた橘が、がしりと俺の腕を掴む。

「え、なに?」
相変わらず頬を赤くする橘は、いきなり爆弾発言を投下しやがった。

「な、なんで俺が日高のこと好きだってわかったの!?」


「…………は?」
今度は俺がぽかんと口を馬鹿みたいに開く番である。
橘が、俺を……好き?

「ちゃんと話したことなかったし、ただ見てるだけだったからこの気持ちを伝える気もなかったんだけど……」
おいおいちょっと待ってくれ。
何の話をしてるんだ?


「さっきは助けてくれてありがとう。名前も呼んでくれたし、まさか日高が俺のこと知っててくれるとは思ってなかったから……すごく、嬉しい」

俺より10センチくらいは背の高い橘が、もじもじと恥じらいながらはにかむ。

「このまま日高のこと諦めるしかないのかなって思ってたけど……」
真剣な顔をした橘が、キリリと端整な顔立ちを更に精悍にさせる。
「俺のことが気持ち悪くないなら、その……仲良くなってくれないかな?」



視線を斜め横下に逸らしながら、きっと一世一代の愛の告白を、橘はしている。
だって、からかっているならば(噂を聞く限り、橘はそんな人間じゃないけど)、ここまで下唇を噛み締めたり、大きな手で握った拳を震わせていないはずだ。


有り体に言えば『気のない男』に告白されているのだから断るべきだと思う。
しかも、今後の俺は同性に目覚める予定もないし、今のところ橘は違うクラスの水泳部員でしかない。
ここで了承して希望を持たせたとして、やっぱり無理だとなって断るのは、橘を弄んでいると謗られても言い訳できない。



それでも。
興味が湧いてしまったんだ。
隣の女子生徒の噂でしか知らない、『橘真琴』の本当の姿を知りたいと思ってしまったのだから、仕方ない。


「橘のこと噂でしか知らないんだけどさ」
「う、うわさ?」
「橘くん格好いい〜って騒いでる女子に聞いたやつとか」
「かっ、かっこよくなんかないから!」
顔を赤らめながら両手を振って否定する橘。

「それに俺、男好きになったことないけど」
「っ、お、俺も日高が初めてで、」
「だから、橘のことそういう意味で好きになる可能性ってほとんど無いと思う」
「っ………うん」

悲しそうに眉をひそめる橘に、俺は残酷にも言った。

「………じゃあ、お友達からで良ければ」
橘が悲しむかもしれない未来を提示したと言うのに、橘は緊張した身体を緩ませて頬を上気させた。

「本当に!?」
「本当だけど、さっき言った通りだから。俺と付き合うことは期待しないでくれ」
ばっさりと期待を切り捨てても、橘は「それだけでも嬉しい!」とふにゃりとした笑みを向けた。



ふと、女子生徒の言葉を思い出す。
『あの笑顔にやられちゃうのよね……』

とすっ、と胸に刺さった何かに違和感を覚えながら、明日の昼を一緒に食べるという一方的な約束を取り付けられた俺なのだった。



>>>
まあもちろん、この後真琴くんと親交を深める主人公は「なんだ橘の好きな奴って本当は七瀬じゃん」とか勘違いするんだと思います。
そして双子ちゃんに甘あまな真琴くんにまた、とすっとなるのでしょう。

桜様、全然いちゃいちゃしてない初々しい二人でしたが、気に入って頂ければ幸いです!
企画参加ありがとうございました!
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ