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□真琴
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・上京後の二人
・ねつ造設定あり

がやがやと騒がしい居酒屋の半個室で、真琴はかつての仲間と杯を交わしていた。
県内の大学に進学した渚と怜が、夏休みを利用して東京観光にやってきたのだ。
遙と真琴と千晴は、数日間ローテーションで二人の案内を務めたが、それも今日で終わりとなる。
名残惜しい気持ちをビールジョッキにぶつけて、五人は話し足りないとばかりに口を開いては笑い合った。

「懐かしいなぁ、あれからもう4年も経ってるんだ」
「まるで昨日の出来事のようですが」
五人で部活を立ち上げて、戦った熱い夏。
「初めての合宿も楽しかったよなぁ」
「鯖とパイナップルは最悪の組み合わせだったけどね」
「……悪くはなかった」
口々に記憶の欠片を紡いで、誰かがそれに乗って話し始める。
鮮明な記憶が次々と蘇り、まるで高校生に戻ったみたいだった。

「あっほら、覚えてない?怜が一生懸命アイスを分けようとしてるのに、絶対に綺麗に二つに割れなくて、頭でっかちのアイスになって悔しがってたの」
千晴が楽しそうに話すけれど、渚は首を傾げた。
「えぇ〜?そんなのあったっけ?」
「あったよ、毎日試して悔しそうにしてた。怜、覚えてない?」
「そうでしたか?何かにつけ、僕の食べ物を渚くんに奪われていたことは覚えていますが」
「うんうん、もちろんそのおっきい方のアイスを渚に奪われてたよ」
「あぁ、懐かしい。見兼ねた千晴が怜に毎日自分のアイスを一口あげてたな」
「ふふっ、そうそう。真琴記憶力いいね」
軽く酩酊している千晴が、上機嫌に真琴の腕に絡みつく。
「そうしたら渚が『千晴ちゃん、僕にも一口!』って」
「渚は欲張りだよな、昔っから」
「えー、そんな食いしんぼみたいに言わないでよっ」
「食いしんぼだろ、実際」
「ハルちゃんまで!ひどいよぉ〜」

ぷっくりと膨れてみせる渚に、あっと真琴は声を上げる。
「そういえば、渚がハル特製のサバサンドに横からかぶりついて、ハルをすっごく怒らせてたの思い出した」
「あはは、そうそう、遙はその日ずっと口きかなくて、何でか知らないけどおれ達まで一緒に宥めたりしてた」
「え〜そうだっけ?」
「そうだ、あの事は一生忘れない」
遙がツンとした態度でわざと怒ったフリをするものだから、渚は目に見えて慌て始める。
「もー、マコちゃん!余計なこと思い出させなくていいってば!」
「あはは、ごめんごめん」

五人で居たあの時も、こうして賑やかに話していた。
真琴のすぐ隣に千晴が居て、些細な思い出を共有して。
千晴の思い出には真琴が居て、真琴の思い出には必ず千晴が居る。
その確かな時間の積み重ねの全てが真琴に降り積もっている。
喧嘩も仲直りも繰り返して、苦しい壁も千晴と一緒に乗り越えてきた。
真琴と千晴の人生は一致はしていないけれど、いつも同じ方向を見ることができている、そんな気がする。
少し手を伸ばすだけで、すぐに気づいて握り返してくれる。そんな当たり前を、『当たり前』にしてくれたのは千晴だ。

酒が回り始めるとこんなに感傷的になってしまうのだろうか、と冷静な真琴が頭の片隅でぼんやりと考える。
「真琴?飲みすぎた?」
真琴が口を噤んだことに気付いたのだろう。千晴はすぐに真琴の異変に気が付いて、ソフトドリンクを真琴の手に握らせる。
大人数の輪の中に居ても、千晴は自分を見てくれている。そう思えば、ただでさえ千晴の前では緩む頬はもうでれでれになってしまう。

「大丈夫、ありがとう。へへ、嬉しいんだ、俺」
「ああ、うん。久しぶりだしね、こうして皆で集まるの」
真琴は気を遣うタイプだから、皆がちゃんと楽しんでいるかをきちんと見ている。
昔の仲間と会って、気が緩むのも当然だ。懐かしさも真琴の喜びに一役買っているのだろうと思っている千晴に、真琴はゆるく頭を振る。

「うん、それもそうだけど、そうじゃないんだ」
「え?……真琴、酔いすぎてるみたいだ、ほら、ちゃんと水分とって」
真琴のふにゃふにゃした答えに、泥酔していると判断した千晴はゆっくりと真琴の口元にグラスを持っていき、少しずつ傾けた。
ちゃんと意識はあるけれど千晴にそこまでしてもらえるのが嬉しくて、真琴は素直にコクリコクリとソフトドリンクを飲み込んだ。

「千晴ちゃんとマコちゃんのラブラブっぷりは、相変わらずだよねぇ」
「あはは、何それ」
「二人とも壁は全然感じないのにさ、気づいたら二人の世界って言うのかな?すごく自然だからこっちもつい流しちゃいそうになるんだけど、ナチュラルにいちゃついてるの、昔っから見てたなーって」
それこそ小学生の時から、とにやける渚に食いついたのは怜だった。
「そんなに幼い頃からだったんですか?」
「物心ついたときからこんなんだったぞ」
「こんなんって、ひどい言いぐさだなぁ」
千晴が苦笑する横でジョークではないと、最大の被害者である遙は胡乱げな眼差しだ。


「昔からマコちゃんは、千晴ちゃんに限っては独占欲強かったよね〜。スイミングの後に千晴ちゃん家の隣に住んでる女の子が一緒に帰ろうって千晴ちゃんを誘った時も、マコちゃんってばニコニコしてたけど千晴ちゃんの手握って千晴ちゃん家まで一緒に帰ったりしてたでしょ?」
「え、そんなことあったっけ?」
「あったよ!その日マコちゃん、おばさんに早く帰って来なさいって言われてたのに、そうやって回り道したから怒られたらしいって、ハルちゃんのお母さんが言ってたよ」
そうだった?と千晴に聞いてみたが、千晴もその記憶はあまりないらしい。
二人で首を傾げると、「似たものカップルだよね、ほんと」と呆れているのか褒めているのかよくわからない言葉を頂いた。

「っていうか、真琴のそんな行動なんて日常茶飯事だからいちいち覚えてられないんだよ」
千晴が零すと、真琴以外の三人は深く納得したようで、大きく頷いていた。
真琴は変わらず「そうかぁ?」と首を捻るばかりだ。

真琴が自分の独占欲をはっきりと自覚したのは、千晴と付き合い始めてからだ。
それまではまるっきり無意識に、しかし他者には手に取ってわかるような明け透けな独占欲を滲ませていたのだから。

「マコちゃんさぁ……千晴ちゃんが受け入れてくれて本当に良かったよね」
渚の実感のこもった言葉に、また真琴以外が頷く。
今度は千晴までもが仲間に入って首を縦に振っているから、真琴はひどく情けない声をあげた。
「どうして千晴まで納得するんだよぉっ!?」
「あはは、冗談冗談」
本当は冗談なんかではないのだが、これ以上悪ふざけがすぎると真琴が拗ねそうだったので、やめておいた。
まあ、そんな真琴を昔から好きだったのも千晴本人であるわけだから、千晴がどうこう言えることでもないのだが。



「あ、ごめん。電話だ」
テーブルの上に置いていた千晴の携帯が、振動と共に光った。
そこには千晴の母親の名前が表示されていて、千晴は席を立って店を出る。
しばらくして戻ってきた千晴に真琴がどうしたのか問えば、簡潔な一言が返ってきた。

「明日から実家に帰ることになった」
「何かあったんですか?」
怜が素直に聞くと、千晴は声を低めて話し始めた。
「父さんが階段から滑り落ちて、腕を骨折したらしい。それで、看病しに戻って来いって」
「おばさん、居ないのか」
遙は平淡な声で、しかし瞳には心配さを滲ませている。
「うん。今日から恩師の葬儀に出かけてるんだって。しばらく留守にするらしくて、戻れないからって」
「俺の親に頼もうか?」
真琴が気さくに提案したが、千晴はゆるく頭を振った。
「いや、おばさんも蘭と蓮のお世話で忙しいだろうからさ。何日もお世話してもらうわけにもいかないし」
夏休み中には岩鳶に戻らなかったから、帰省も兼ねて行ってくると千晴は鹿爪らしく言った。
「バイト先にも休む連絡しないと。ちょっとしばらく席外すから、気にせず飲んでて」

気にするなと言われても、やはり心配だ。
残った四人はそれぞれに大丈夫だろうかと口にして、次第にお互いの親の話になっていった。
数十分後、千晴が戻って来た。もう夜も更けていたから、店を出てそれぞれ帰路に着いた。
ちなみに渚と怜は遙の家に泊まっている。二人も受け入れるのは大変だろうと、真琴と千晴の家にどちらか片方でも泊まりに来るように言ったのに、渚からは「新婚さんの家に泊まるなんてできないよ!」とひどく大仰に断られた。
「新婚じゃありません、すでに熟年夫婦の域です」とは、怜の言葉だ。

三人と別れた千晴と真琴は、明日からの話を始めた。
話をしながらも千晴は航空券の予約を始めている。
「ごめん、明後日までには帰ってこられないと思う」
花火大会に行こうかと話をしていたのだが、娯楽よりも千晴の父親の看病を優先するのは当たり前だ。
「何言ってるんだよ。そんなのいいって」
千晴が罪悪感を覚えないよう、きっちり看病してこいと真琴が言えば、ちゃんと意図を汲み取った千晴も微笑んだ。
「母さんが言うには、葬儀の後は父方の親に挨拶がてら介護しに行くっていうから、少なくても3〜4日はかかるかも。まあ、1週間もかからないと思うけど」
「うん、わかった。気を付けて」
「時間に余裕があれば、真琴の家にもちょっと寄ってこようかな」
「えっ、いいってそんなの」
「おれが蓮と蘭に会いたいの。それに、おばさんも真琴の生活気になってると思うし」
「確かに……。でも、無理はしなくていいからな?本当に時間が余ったらで良いから」
「そうする」
家に帰ってからもしばらく航空券の予約にまごついていた千晴の代わりに、真琴は旅行鞄を用意して最低限の必需品を詰めていた。
下着や歯ブラシなどを簡単に詰め込むと、千晴が「終わったぁ」とソファに身体を投げ出した。
「取れた?」
「うん、朝イチのフライトだから、早めに家出ることにする」
「じゃあ早くお風呂に入って、少しでもちゃんと寝ないと」
「あ、荷造りしてくれた?ありがとう」
「ううん。ほらほら、早く風呂入れって」
「はーい」

千晴が風呂に入っている間に真琴は自宅に電話して、母親にいきさつを説明した。
既に千晴の母親から話が行っていたようで、何かあればすぐに手伝いに行くと言ってくれた。
もしかしたら千晴が真琴の家に行くかもしれないと伝えて、同時に双子には言わないようにと頼むと、真琴の母親も「がっかりさせたら可哀想だしね」と了承してくれた。
風呂から出た千晴と入れ替わるように真琴もシャワーを浴びて、二人してすぐにベッドに入った。




翌朝。
真琴が目を覚ますと、隣に千晴は居なかった。
家の中はしんと静かで、真琴以外の気配はない。
千晴を見送りたいから、行く前に起こしてほしいと言ったのに。
寝ぼけ眼でリビングに出ると、食卓に小さなメモが置いてあった。


『真琴へ
よく寝てたから、起こさないで行きます。
家に着いたらまた連絡します。
ご飯は出来合いの物でもいいからちゃんと食べるように。

今週のごみ当番は代わっておいて。
寝坊しないように。
何かあったら連絡ください。行ってきます。

千晴



真琴の考えなどお見通しらしい。
千晴はきっと「だてに長年幼馴染やってないしね」とでも言うのだろう。
千晴からのメモを見た真琴はすぐに顔を崩した。

「いってらっしゃい、千晴」
空の上を飛んでいるであろう恋人に、小さく呟いた。



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