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□真琴
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葉が風に揺れてさやさやと心地の良い音を立てている。
初夏の七瀬家の縁側は、日差しと風通しの良さが相まって、千晴のお気に入りのうたた寝スペースになっていた。

夕方の時は、遙が夕飯を作る音も相乗効果となって、より千晴の眠気を誘う。
真琴は千晴と一緒にごろ寝したり遙のご飯の支度を手伝ったりと様々だが、だいたいは千晴の寝顔を見ながら宿題をやっていることが殆どだ。

千晴の寝顔って、気持ち良さそうで見てるこっちまで眠くなってくるんだよなぁ。

ふにゃりと相好を崩しながら、真琴は進まないシャーペンを置いた。
遙は鯖の味噌煮に使う味噌を切らして、スーパーに買いに行っている。
千晴は寝入ったばかりで、あと数十分は起きないだろう。

誰も見ていない事を知りながら、真琴は無意味に辺りを見回した。
そして、音を立てないようにそろりと千晴の隣に座る。
好きな子が目の前で無防備に寝姿を晒している。
それは真琴にとって、いや、全男子にとって幸運と興奮をもたらすシチュエーションだろう。

少し開いた唇、重なる睫毛、耳をくすぐる寝息。
ドギマギしつつ、真琴は千晴の隣に寝転んだ。
横に並ぶと更に顔が近くなり、真琴の視界は千晴でいっぱいになる。
夏のせいかふわりと千晴の汗の匂いが漂ってきて、しかもそれが真琴にとってはとても魅力的で、ごくりと喉を鳴らした。

物心ついた頃から好きで独占したくて仕方なかった。
それを心の裡に秘めて、千晴の隣に居ることを選んでいる。
それでも純粋な恋心は真琴の中から飛び出したいと、時々無性に騒ぎ出す。
それが今みたいに千晴を見てときめいてしまう時だ。

触りたい、自分を見て欲しい。キスをしたい、想いを返して欲しい。
そんな独り善がりな欲望がむくむくと膨れあがって、真琴を悩ませる。
真琴の中の悪魔が甘言を囁くにはもってこいの条件だった。


いつの間にか干上がっていた喉を、唾液を飲み下すことで落ち着かせる。
触っても、いいだろうか。
触れたが最後、真琴の欲が表層を突き破ってきそうで、怖くてできない。
頭の中で警鐘を鳴らしてくれるはずの天使は鳴りを潜めていて、真琴は悪魔に唆されてとうとう千晴に手を伸ばした。

触れるか触れないかの瀬戸際で千晴の髪を撫でる。
ビクビクしながら触れるも、千晴が起きる気配はない。
続いて指の背で頬を撫でた。
これにも反応はなかった。

そんなことに真琴は九死に一生を得たと言わんばかりに安心してしまい、次第に行為がエスカレートしていく。
親指で唇の端を掠めた。
想像していたより柔らかなそこは、真琴に大きな衝撃を与えた。
むしゃぶりつきたい自分を抑えつけ、じっくりと千晴の顔を観察する。

まじまじと穴が開くほど見つめて、千晴の産毛にすら愛しさを感じる。
幼い頃のような頬の丸みはないけれど、真琴にとってはいつでも、今日の千晴が一番愛おしい。
泣いている千晴も、怒っている千晴も、拗ねている千晴も、真琴にとってはいつもキラキラして目が離せない。
もちろん笑顔は言わずもがな、真琴に特大級の幸福を運んでくれる。


「ん……」
寝返りを打った千晴の顎が、真琴の指先に触れた。
まるで腕枕みたいな位置だな、と真琴が妄想を始める。
千晴を腕の中に抱き入れて、くしゃりと千晴の髪を梳いてやる。
千晴は真琴の逞しい腕に頭を乗せて、上目遣いで真琴の指先を甘く受け入れる。

そんな事が起きたら、真琴は幸せすぎて死んでしまう。
それほどに千晴との関係が進展しないと分かりきっているから、最近は妄想ばかりが膨らんでいく。


千晴が起きないのを良いことに、少し気が大きくなっている真琴は、こんなチャンスは滅多にないと千晴の首に自分の腕を差し入れてみた。
これで千晴が起きたら、自分は寝ぼけたふりをして抱き着けばいい。
そう打算をしてみたけれど、案外眠りの深い千晴は、寝心地の良い場所を探して真琴の方に転がってきた。

うわぁぁ!と叫び出したくなるのを必死に堪えて、真琴は心臓を早鐘のように脈打たせる。
先ほどよりも更にもっとどアップになった千晴を目前にして、息も出来ないくらいだった。
夢みたいで、本当に夢だと思って、でも真琴の腕には千晴の頭が乗っている。
想像よりも重い。そう言えば人の頭は4〜6kgくらいあるんだったか。
その重みすら愛しいと言ったら笑われるだろうか。


「……すき」
吐息と共に思わず漏れた言葉を、真琴は自分の手で覆うように隠す。
ついに言ってしまった。千晴は寝ているけど、千晴への想いを口にしたのは初めてだった。
幼い頃は「千晴ちゃん大好き!」といつも言っていたから珍しくないかもしれない。
しかし思春期を迎えてから、前とは違う意味で千晴を見ていると気づいた時にこの想いを自覚した。
真琴が自室で一人で居る時にだって言ったことがなかったというのに。


恋人になったら、こういう事を普通にできるのだろうか。
いや、千晴はする方か、と考えて一気に気分が落ち込む。
千晴の腕枕を堪能する女の子なんて想像したくもなくて、でもそれがきっと遠くない未来の在り方なのだろう。

だったら、今だけは。
誰とも付き合っていない千晴の「今」だけで良いから、真琴に少しだけ貸してくれないだろうか。
真琴に美しい思い出を作らせてくれないだろうか。

そんな虚しい願いと、大好きな人に触れられる喜びを混在させながら、真琴はその時間を充分に過ごした。

そしてそれが、真琴だけの『秘密』の始まりとなった。



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