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□赤司
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事の発端は紫原だった。
「千晴ちんの汗っておいしそー」
「えっ……ひゃぁっ」
意味不明な独り言を千晴に投げかけて、千晴の鎖骨に溜まった汗をべろりと舐めあげた。
突然の刺激に声をあげて驚く千晴の声は、油断していたからか素で出たもののようだった。
「ちょ、あっくん!」
幼馴染の奇行には慣れていたはずの千晴だったが、やはり紫原の行動は読めなかったらしい。
驚いて咎めるものの、マイペースな紫原はどこ吹く風といった態で聞く耳を持っていない。
「あんましょっぱくなかったー」
「だって毎日汗流してるんだよ?」
意味わかんないと言いたげな紫原に、汗をよく流す人は体外に出す塩分を調節できるようになるので、塩分の少ない汗を出すようになると解説した。
「夏休み中、こんな炎天下でマネージャーやってれば汗もかくしね」
選手のサポートで駆けずり回る千晴のジャージも汗で湿っている。こうして話している最中にも汗は止まらず、尻ポケットに詰め込んでいるタオルで汗を拭いた。
「おい千晴、ドリンク」
青峰がだるそうに頭を掻きながらドリンクを求めてやってきた。
「あ、はい。あっくんも、はい」
二人にドリンクを渡すと、青峰がからかいの目つきで話しかけてきた。
「つかお前、さっきえろい声だしてただろ」
「はっ!?」
「けっこー声でかかったぜ。みんなお前らのとこ見てた」
紫原の奇行を咎めることにばかり気を使っていて、周りのことは気にもかけていなかった千晴は一気に顔を染め上げる。
「ほら、あっちの2軍なんかソワソワしてんじゃねーか」
青峰が指した方角には確かに千晴を見ながらヒソヒソと話している輩がいて、千晴は青くなった。
「もう!あっくんのせいだ!」
「舐めただけじゃん。変な声出したのは千晴ちんだし」
「で、何の話してたんだ?」
「千晴ちんの汗っておいしそーだなって思って舐めただけ」
「普通、汗はおいしくないし、思っても舐めません!」
自分の舐めなさい!と言ったら舐めたけど大して味はしなかったと返ってきて頭を抱えた。
「千晴は舐めてぇっつうか、食っちまいたくなるよな」
「へ……?ふやっ!?」
青峰が近づいてきたと思えば、肩に硬い感触がして、痛みが襲った。
「いったーーーーい!!」
さっきよりも大きな声で叫んで紫原の後ろに隠れる千晴。
肩に噛み付かれて、痛みに涙がじわりと浮かぶ。
「すげー、歯型だー」
全く千晴を心配する気のない紫原は、楽しげに千晴の肩の歯型を観察している。

「何で噛むんだよぉ……」
ジト目で青峰を睨み付けると、噛み付きたくなったとこれまたあっけらかんと言われた。
自分の欲望に素直すぎる奴らばかりだ。こっちの苦労も考えてほしいと千晴はうなだれた。

「何をしているんだ」
「征くん!」
パァッと千晴の顔に光が戻る。赤司が居れば変なことをされることもない。
駆け寄って赤司の後ろに隠れると、青峰はあからさまに顔をしかめた。トレーニングの追加は勘弁してくれという顔だ。
「なんでもねぇよ」
「マネージャーに噛み付くことが何でもないのか?」
「げっ、見てたのかよ」
「あんなに大きな声が聞こえたら誰だって振り向く」
「ご、ごめんなさい……」
「千晴、傷はないか?」
「は、歯型が残ってるって……」
眉をひそめた赤司が歯型の具合を確認して、青峰に向き直る。
「千晴に噛み付く暇があるなら、ウエイトトレーニングを増やしてやろう」
人の悪い顔でえげつない指示を出した赤司に青峰は横暴だと声を上げるが、倍にするぞと言われれば大人しく引き下がるしかない。
すごすごとウエイトトレーニングのために三人の元から離れる青峰に、赤司が声を掛けた。
苛ついていたせいもあるのだろう、反抗的に「んだよ!?」と振り返った青峰は、しかし赤司の言葉に色をなくす。
「人のものに手を出すとはいい度胸だな。仏の顔も三度までという諺を知っているか?俺は仏ほど心が広くない。次、千晴にちょっかいを出したら……わかるな?」
千晴と紫原には聞こえない低く潜めた声は、青峰の恐怖感をより募らせる。
おそるおそる一度だけ頷いた青峰を赤司は満面の笑みで見送った。もちろん、瞳は笑ってなどいない。

「……さて、紫原。俺からひとつ注意することがある」
「えー、なに赤ちん」
「いくら千晴が幼馴染だからといっても、妙な行動は慎むべきだ。どんなに仲が良くても、友達の汗を舐めるのはあまり歓迎できないことだ」
「えー?だって千晴ちんだよ」
「千晴だって例外じゃない。事実、あんなに驚いていたじゃないか。少なくとも千晴には普通には受け入れられなかった行為だということだ」
幼い頃から紫原の奇行に慣れてると言ってしまえば言質を取った紫原の行動がヒートアップすることは目に見えていたので、千晴は黙って紫原にもわかるように深く頷いた。
「ちぇ。じゃあ誰にならしてもいーの」
子供みたいなストレートすぎる質問にも動じることのない赤司が、言い聞かせるようにゆっくりと言葉をつむぐ。

「恋人だ」
だろう、千晴?と促され、千晴は頷きかけて止まった。これは同意してもいいんだろうか。
僕は別に征くんの汗を舐めたいと思ったことはないし……。あ、でも征くんはえっちの時はよく僕の身体を舐めるよね。
ちょっと恥ずかしいけど嬉しいし、やっぱり間違っていないのかもしれない。
訝しげに千晴を見つめている紫原にできるだけ不自然にならないように頷くと、むっと口を尖らせてしまった。
「もう興味ないからいいし」
ごくごくとドリンクを飲み干した紫原は、本当に興味をなくしたようで、疲れただのお腹減っただのと騒いだ。


「全く、紫原には手を焼くな」
「下心ないってわかってるから邪険に扱えなくて……」
「一番手を焼かせるのは千晴だけれどね」
「え、僕!?」
何かしてしまったのだろうかと逡巡するが、最近はミスなどしていない。わがままも言ったつもりはないけれど、なにか気に障っただろうか。
「恋人でもない男に舐められたり噛まれたり……。無防備なのも考え物だな。俺の恋人だという自覚がないのか?」
すっと歯型の痕を撫でられて、夜の雰囲気を纏う触り方に肌がさざめく。
「ん、」
身体を震わせると、赤司は唇の右端をクッと上げて、千晴の耳にどろどろの甘い声を聞かせた。
「今日は、俺の家に一緒に帰るんだ。いいね?」
疑問口調で断言され、千晴は唇を噛み締めてコクリと首を振った。



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