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□赤司
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花言葉を教えての続編です。


何もなく過ぎるはずだった白黒ツートーンの今日が、突然鮮やかな色を放った。
見目麗しい奴らや愛想ばかりふりまく女を赤司は嫌というほど見せられてきた。
彼らが整えているのは外見ばかりで、中身はおどろおどろしい者たちだった。
赤司は自分のことを、モデルをしている黄瀬のように整っている顔立ちだとは思っていなかった。
それでも顔のパーツはすっきりと収まっているので、まあだいたい中の上くらいだろうと評価していた。
顔が関係なくても、姑息な輩どもは家や金で赤司の価値を決め、取り入ろうとしてきた。
そんな奴らに心を砕いてやる義理はない。常に周りに女が群がっていたせいで恋愛すらもスマートにこなすのだろうという周囲の想像とは異なり、そんな色恋なんぞとはだいぶかけ離れた生活を送っていた。

大学時代に海の向こうの友人と立ち上げた会社の運営に加え、何代も前から続く赤司グループの社長に任命されてしまった。
更にどこで聞きつけたのか、赤司に華道の経験があることを知った誰かのせいで、華道の師範までやらされることになってしまったのだった。
華道は嫌いだったわけでもないけれど、人に教えるほどではないと思っていたのだ。好きなままに静かな場所でその時の自分を表現するのが好きだった。
家のためと言われれば、まだ社会の若造である赤司が逆らえるはずもなく。
ここで人脈を作っておくのもいいだろうと了承したのが今年の初めだった。
完璧主義の性格が災いして、自分で生ける花を自ら発注して受け取るにまで至った時は自分でも何をしているのだろうと思ったものの、今考えてみれば過去の自分を褒めてやりたいくらいだ。
運命などという生ぬるいものを信じない赤司が誰にともなく感謝するほどの、衝撃の出会いを果たすことができたのだから。

彼……日高千晴と出会ったのは、本当に予想外の事態だった。
赤司グループの得意先のやっかいなお偉方の身勝手な希望で、いきなり今日の夜に華の会が開かれることとなった。
土日の華道教室で使う分しかいつもは注文をしないので、先日のレッスンで余った華しか残っていなかった。
懇意の花屋に無理を言ってどうにか注文を聞いてもらい、ギリギリ会が始まる前に花をそろえることができてホッとした。

いつもの担当者に加え、今日は若い社員がいた。配達慣れしていなさそうな振る舞いからすると、内勤なのだろう。
内勤の者を引っ張り出してしまうとは申し訳ないなと思い、赤司は挨拶をしようと配達車の前でキョロキョロしている青年の元へと向かった。

「お疲れ様」
声をかけるとクルリと振り返った彼は、どうやら受領印を欲していたようだった。
自分を赤司征十郎と知っている者ならば慌てて挨拶をしてくるものなのだが、どうやら彼はそうではなかったようだ。
紙とペンを受け取ってサインを書くと、じっと赤司を見る視線とかち合った。
訝しげな声をかけると、ハッと我に返った彼がいきなり慌てだして、その落差に思わず笑ってしまった。
表情が豊かな彼はきっと素直な性格をしているんだろうなと独りごちて、その表情をもっと見たいと思っている自分に気づく。
そのうちに担当者がやってきて、互いを紹介しあい、彼の名を知る。

日高千晴。
心の中で一度その名前を反芻する。
理由はわからないが、ストンと胸に落ちていった感覚がした。

顔なじみの担当者の紹介によって赤司の正体が暴かれると、今までの力の抜けきった表情が嘘だったかのように緊張の面持ちで日高は無礼を詫びた。
構わないからと言い置いて、帰ろうとする日高にどうにかして自分を印象付けたいと思った赤司は、お手伝いの人にお礼の品を渡すよう言い含めて、その間に自分の名刺を取りに行った。
自分の部屋に入ってホルダーから名刺を取り出す。
ほぼ反射で脳内に浮かんだ11桁の数字を名刺の裏面に書き込んで、また急いで日高の元へ戻る。
思惑通り彼らは菓子折りを間にいやいや滅相もない、いえいえどうぞどうぞ、と遠慮しあっていた。
間に合ったなと胸を撫で下ろす。
赤司の言葉によってようやくその問答に決着がつき、ついでにと赤司は運転席に座った日高にそれとなく名刺を渡した。
自分の名刺がないと慌てる日高に今度で構わないと告げる。
正直、日高からの連絡は期待半分諦め半分だった。
名刺の裏側の走り書きの数字を認めても、意図の不明なそれに社会人の、しかも同性が誘いに乗るとは考えがたい。
それでも、日高と視線を交えた時のあの言いようのない表情に、諦めきれないものを感じていた。
だから、まさか当日の夜に日高の声が聞けるとは思っていなかったのだ。


『あ、あのっ、わ、わたくし、『アサカ生花』の日高と申しますがっ、あああかしさまのおでんわでおまちがいないでしょうかっ』
明らかにいっぱいいっぱいな声が聞こえて、つい赤司は笑ってしまう。
そして、明瞭な頭脳で一気に未来への算段を始めた。
「あぁ、赤司です。お電話ありがとうございます」
赤司が今持っている携帯は、会社用ではない。
つまりそれは日高が赤司の意図を理解して、裏に書かれた数字を押したということだ。
上手くいったと不敵に笑う赤司だったが、実際は賭けだった。
あの番号の意味がわかっても、日高には選択の自由が与えられていた。日高からの電話があればそれは互いの気持ちがどんな種類のものであれ、向き合い始めているということに他ならない。
事は慎重に運ばなければならない。
良かった、と安堵する日高に赤司は甘い声を出した。
「こちらの突然の注文に最大限協力してくださって、感謝しきれないほどしているんだ。それに、日高さんは普段は内勤なのに配達に引っ張り出してしまって、とても申し訳なく思っていてね」
『い、いいえ、とても良い経験でした!それにお得意様の赤司様にご挨拶できましたし、』
「あぁ、この電話は今日のお礼のためでもあるけれど、もう会社も終わった時間だろう?お得意様ではなく赤司征十郎個人として接してくれると嬉しい」
『えっ、ですが』
「配達の際にも言ったけれど、気楽に話しかけて欲しい。その方がこちらも気負わずに済む」
『わ、わかりました……』
「さて、それで今日のお礼に食事でも一緒にどうかと思ってね」
『えっ?いえそんな、お客様の要望に応えるのは当然のことですし、』
「それだけじゃなく、日高さん個人とも話してみたいと思っているんだ。俺にとって気楽に話せる人は貴重な存在だから。………嫌だろうか」
『え!?いやそんな、嫌だなんてことはちっとも!!あの、俺なんかで良ければ』
「ふふ、安心したよ。断られたらどうしようかと思った。それで、いつ空いているかな?」
『俺はいつでも大丈夫です。お、俺より赤司さんの方がお忙しいと思いますけど……社長さんなんですよね』

君と食事に行けるのならばいつでも時間を空けるつもりだと言おうとして、口をつむぐ。
出会いがいつもと異なっているせいで言葉のチョイスに迷う。どうやら日高との会話に静かにテンパッているらしい赤司は、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「社長にもプライベートな時間はあるさ。そうだね、じゃあ木曜日はどうかな」
『木曜日ですね。………はい、大丈夫です』
手帳を確認しているであろう日高から了承の返事をもらって、赤司は覚えず微笑む。
「終業時間は?」
『18時には上がれると思います』
「わかった。それでは、18時に迎えにいこう」
『えっ?そんな、ご迷惑になりますから大丈夫ですよ!俺、直接そのお店に行きますし!』
赤司の突然の提案に驚きを隠さない日高が、電話越しに慌てているのがわかる。
「ちょっとわかりづらい場所にあるから、車で行ったほうが早いと思う。お礼も兼ねているんだから、素直に甘えてくれ」
うっと言葉に詰まった日高に、いいね?と畳み掛けると、いささか気乗りしない様子でわかったと告げられた。
その後は他愛もない話をして、電話を切る。


思いのほか緊張していたようで、凝り固まっていた身体を弛緩させて息を吐いた。
日高の方も満更でもなさそうだったし、これはもしかしたらと期待する心が止まらない。
とにかく一日一通くらいはメールを出そう。
先ほどの電話で聞いたメールアドレスを登録し、さっそくおやすみメールを作成した赤司はザッと推敲して送った。



そして、約束の木曜日。
10分前には目立たない所に停車して日高を待っていた赤司は、『終わったら連絡をくれ』とメールを入れた。
すると数分も待たずに日高からの返事が来た。今から行きますと簡素な文面にすら嬉しさが募る。
車から降りて助手席の方にまわり、車に凭れる。自動ドアを一心に見つめていると、数日前と同じ愛しい姿を認めてつい顔が綻ぶ。
キョロキョロと辺りを見回す姿が可愛らしい。
赤司は日高の名前を呼んで手を軽く挙げる。日高はなぜかホッとした顔で破顔し、小走りでこちらへやってくる。
「お疲れさま」
「お疲れさまです。待たせてしまってすみません」
「いや、全然待っていないから気にしないでいい。さて、行こうか」
スマートに助手席のドアを開けてやる赤司に恐縮した日高が、おそるおそる車に乗り込む。
優しい手つきでドアを閉めた赤司も運転席に回りこみ、音もなくするりと車を発進させた。
「30分くらいかかってしまうけれど、お腹はもつ?」
「は、はい!というかむしろ緊張で胸が一杯というか……」
車内に流れる張り詰めた空気を和ませようと、軽く仕事について話した。
赤司が赤司グループの社長を務める傍らで海外で立ち上げた会社の重役であることを告げると、丸まった日高の目が如実に心情を訴えてきた。
「すごいですね!まだ若いのに二つの会社を運営してるなんて……!」
キラキラと輝く視線がこそばゆくて、赤司も屈託ない笑みを浮かべる。
留学した話や学生時代の話に花を咲かせているうちに、赤司行きつけの料亭に到着した。

「た、高そう……っていうか絶対高いですよね!?」
「たいしたことはない。懇意にしている店でね。味は申し分ないから安心してくれ」
「こんなお礼、身に余りますよ!」
「いいんだよ、こんなのは気持ちなんだから。俺はこの店が好きで、だから日高さんにも食べて欲しいと思った。それだけだ」

さすが社長は言うことが違うだのなんだのとぶつぶつ言っている日高を促して店に入ると、女将が特別な部屋に連れて行ってくれた。
さほど待たずに料理が運ばれてきたが、その豪勢さに日高はキャパシティーオーバーだと固まるばかりだ。
「き、緊張して味がわからなそうです」
「そんなに緊張されるとこちらまで緊張してしまうよ。ほら、深呼吸」
赤司の指示に素直に従って深呼吸を繰り返す日高がおかしい。こんな料亭で深呼吸をする奴があるか。
「とりあえず一杯といきたいところだが車もあるし、今回は料理を堪能しよう」
次回もあることを仄めかす赤司の言葉にも、余裕のない日高は気づかない。


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