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□レン
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じんぐーじくんちのベッドと同設定主人公。
前の話とは繋がっていません。



コンコン。
弱い音を立てたドアは、開かれることなく沈黙を保ったままだ。

……コンコン。

もう一度、今度は先程より強めにノックがされたが、やはり状況は変わらなかった。
「……翔」
ノックの音よりか細い声がその部屋の主の名前を呼ぶが、勿論いらえはなかった。
「っ………」
か弱い足取りで、最終手段として神宮寺の部屋を訪れたが、開いたドアの先に居たのは同室の人間だった。

震える身体をおして自室に戻る。外は暗澹とした鈍色の空が広がるばかりだ。
雲で一面が覆われており、定期的に眩しく光るそれを見たくもなさそうに、千晴は布団を頭っからかぶってただ時が過ぎるのを待った。


「大丈夫、大丈夫……」
布団の中にこだまする自分の声は情けなく震えており、こんなにも説得力に欠ける慰めはないなと自嘲した。


こんな時こそお得意の寝汚さを発揮すればいいものの、緊張で強張った身体では眠気が訪れるわけもない。
「じんぐーじ、」
その名前を呼べばほんの少しでも安心できる気がして、千晴はずっと神宮寺と譫言のように呟いた。

「何かな、子猫ちゃん」
「ふぎゃあーーー!?」
身体を何かが包む感触に、神経を尖らせていた千晴は驚いて叫んだ。
「千晴!オレだよ」
飛び退いて布団ごと部屋の隅に撤退した千晴は、覚えのある声に片目だけ布団から覗かせて姿を確認した。

「じんぐーじ」
布団に吸い込まれた千晴の呟きはモゴモゴとして、神宮寺には届かない。
「ごめんね、ずいぶん驚かせてしまったようだけど……」
自分こそ驚いたような顔の神宮寺はなかなかレアだ。
千晴はその顔を見ていたいと思うのと同時に、確かな質量を求めて布団から飛び出して神宮寺に抱きついた。
抱きつくというよりかは、しがみつくという方が的確な表現だったが。


「じんぐーじ!」
「おや、今日は甘えただね」
いつも眠たげにぽやぽやとしている千晴を見慣れているせいか、逃がさないと言わんばかりにしがみつく千晴は珍しいようだ。
「じんぐーじの部屋行ったのに、居なかった」
厚い胸板に鼻をこすりつけるようにしてぐりぐり頭を押し付ける。
いつもの香水が交じった神宮寺の匂いがして、千晴はようやく少しだけ身体の力を抜く。

「入れ違いだったみたいだね。一度ここに来たんだけど、千晴が居なかったから談話室に寄った後に部屋に戻ったんだ。そうしたら、聖川が千晴が部屋に来たっていうから、またここに来たんだよ」

布団にくるまっていたせいでぐしゃぐしゃになった千晴の髪を直してやりながら、頭を撫でた。

「いつものようにオレのベッドで寝ていればよかったのに」
それとも今日は昼寝したから眠れなかった?
甘い声で千晴の頬を親指で撫でる神宮寺は、その答えを叫び声として受け取ることになった。

「ちが、きょうっ、」
ピシャァァンッ!
「ぎゃーーーっ!!」

弛緩していた身体を強く緊張させた千晴に、神宮寺はすぐに答えを知る。
「……もしかして、雷が苦手なのかい?」
壊れた人形のようにガクガクと何度も首を縦に振る千晴を安心させるように、背中を大きく撫でた。

この年になって雷が怖いなんて、と嘲笑う気持ちは神宮寺には全く起きなかった。
何よりも大切な恋人が怖がっているのだから、大丈夫だよオレが守るよと安心させてやることしか頭になかった。


「ダサいって思った?」
恐る恐る囁かれた言葉に首を横に振ると、じとっと睨まれた。
「本当だよ。そんなことより、優しく抱きしめて守ってあげたくなった」
口を尖らせていた千晴はしばらく神宮寺を見つめて、にこっと笑うと安心しきったように胸に頭を寄せた。
「ありがと」
ちゅ、と首筋に触れるだけのキス。

「唇にはしてくれないのかな」
「ん」
拗ねたふりで神宮寺が千晴の唇を指でいじめると、首をあげて千晴は目をつむる。
「ふふっ」
素直な恋人がかわいらしくて、上機嫌の神宮寺がゆっくりと唇を押し当てる。
「ん……」
触れるだけの口づけを幾度か繰り返していると、また雷が神宮寺の愛しい恋人を怖がらせた。
びくっと身体を竦めたのと同時に口づけはほどかれてしまう。
「オレがいるのに、怖いのかい?」
「条件反射だよ……」
忌々しげに呟いた千晴は居たたまれないのか神宮寺の胸に顔を埋めて表情を隠してしまう。
大丈夫だと言うように背中を何度も撫でおろす。
ふと千晴の身体の強張りが弱まったところで、疑問に思っていたことを神宮寺は口にした。

「ところで、怖がり方が尋常じゃないけれど……何かあったのかい」
「……小学生のころ、公園で翔とサッカーしてたんだ」
思い出すだけでも恐ろしい記憶だが、千晴は訥々と話し出した。

放課後、いつものように翔と二人でサッカーボールを追いかけていると、ゴロゴロと空が暗くなった。
風はびゅうびゅう吹いていたけれど、子供にとってそんなものは障害になりはしなかった。
重たい雨雲がどんどん近づいてきて、雷の落ちる音が間隔を狭めていく。
そろそろ帰ったほうが良さそうだと二人して頷き、転がっていったボールを取りに行った翔をベンチで眺めていた。


ドゴォォンッ!!


一閃、眩しい光が地面を這って消えたかと思うと、ドゴォォンッという鼓膜が破れそうなほどに大きな音が響き渡った。
同時にビリビリと地響きが身体にまで伝わってくる。

あまりにも強烈なそれに、身体はピクリとも動かなかった。
何が起きたのかもわからないまま、本能的な恐怖でぶわっと全身が震え上がる。
足がガクガクと震え、その場に尻餅をつく千晴に、ボールを手に戻ってきた翔はきょとんと千晴を見た。
『千晴、大丈夫か?なんか今、すっげーデカい音して揺れたけど……』
地震?と軽く口にする翔はどうやらあの閃光を見なかったらしい。
『って、おい大丈夫かよ?お前めっちゃ震えて、』
翔が千晴の傍に駆けつけたとたん、千晴はあまりの恐怖にボロボロ泣いて翔に抱きついた。
『お、おい千晴?どうしたんだよ?』
どちらかといえばおっとりとした性格の千晴の大号泣に翔はうろたえてばかりだ。
事情を聞こうにも千晴は泣いてしがみつくだけだし、離れる様子もない千晴をどうにかおぶって翔は千晴を家まで送り届けたのだ。

「……で、それからは雨の日になるたびに翔に泣きついてたなぁ。まぁ、すぐに立ち直ったけど、雷はやっぱり苦手だ」

そのことで今まで何度も弱虫だとからかわれていた千晴だったけれど、あの恐怖を味わったことのない奴に自分の気持ちはわからないから、何を言われても気にしなかったと意外にも気丈に千晴は笑った。
「今考えてみれば、もうちょっと公園で遊んでたら俺たち確実に焼け焦げて死んでたな」
その時の恐怖が蘇ったのか、千晴はゆるみかけていた腕の力をまた強くした。

「夜中も雷とか、さいあく……」
夜中じゅう雷雨だと天気予報を見てからは、居ても立ってもいられなかった。
この時ばかりは誰かにひっついていないと、本気で死んでしまいそうだ。

「じゃあ、俺の部屋に泊まりにおいで。ずっと抱きしめていてあげるよ」
「……いいの?」
「はは、いつも俺のベッドに無断で潜り込んでいるのは千晴だろう?」
軽く鼻をつまんでそう意地悪を言う神宮寺に、千晴はふっくりと頬を膨らませた。
「だってそうしたら、じんぐーじも俺のせいで眠れなくなる……」
「そんなの構わないさ。それより、千晴が怖がらずにいられることの方が大切だ。恋人が困っているのに助けられない男にはなりたくないしね」
ちゅっと少し赤くなった鼻にキスが落とされる。
「理由もなく甘えられるのが恋人の特権だ。千晴を甘えさせる権利を誰かに譲るつもりはないよ。俺だけだから、ね」
千晴の幼馴染の小さな彼を『誰か』として当てこすった。
その含みにすら気づかない鈍感な千晴は、神宮寺の言葉に頬をそめるばかりだ。

「それじゃあ、俺の部屋に行こうか」
柄にもなくお泊りに浮かれている神宮寺を更に羞恥に追いやったのは千晴の一言だった。

「もちょっと、ここにいる」
「? 俺のベッドはいいのかい?」
「同室の人いたら、キスできないから」
「っ……!」
無意識の強烈なデレに一発KOされた神宮寺は、たまらず千晴の唇を奪った。
「そんなこと言われたら……連れて行きたくなくなってしまうよ」
千晴のベッドで愛を交わせば、夢中になった千晴は雷のことすら忘れてしまうんじゃないかという邪な考えが一瞬、神宮寺の頭をよぎる。
それも悪くないと、華奢な千晴の身体にそっと力を加えてベッドに横たえると。

「おいっ、千晴!!大丈夫かっ!?」
息を荒げた翔がノックも無しに扉を開けて、千晴の名を呼ぶ。
「レッスン部屋で練習してたから雷の音聞こえなく――……」

不意に途切れた翔の声は、神宮寺と千晴の姿を認識したことを意味していた。
幼馴染とクラスメイトがベッドの上にいる。しかも、押し倒されている。

「おい、レン!お前、何してんだよっ」
二人が恋人同士だということを知っているとは言え、幼馴染の身の危険を感じて翔は声を荒げた。
「あ、翔だ〜」
「翔だぁ〜、じゃねえっ!心配して来てみれば、いちゃついてんな!」
「だって最初に翔のとこ行ったのに、誰も居なかったんだもん……」
雷を怖がるようになってからだいぶ大人になったけれど、この状態の千晴には翔も甘くなってしまう。
「だから、悪かったって。……ま、オレ様以外に頼れる奴できたんなら良いけどな」
自分の役割であったそれを奪われるのは釈然としないが、良い傾向なのだと翔は自分に言い聞かせた。
それなのに、当の千晴はといえば。

「え、翔帰っちゃうの。やだ」
「は?」
「えっ」
あまりにも予想外な千晴の言葉に、神宮寺と翔は声をそろえて疑問符を飛ばした。

「雷の時に翔が居ないなんて考えられない」
今まで自分を安心させてくれていた絶対的な存在が居ないことに不安がる千晴は、翔にも傍に居て欲しいと訴えた。
「じんぐーじ、翔も一緒に寝ていい?」
「えっ」
「はぁ!?」
突飛な発言にまた二人の声が重なるが、千晴は気にした様子もない。

「ええと、千晴。俺だけじゃ不満かな?」
「そうじゃなくて……でもせっかく翔も俺のために来てくれたし、」
神宮寺の腕の中にいながらも翔に手を伸ばす千晴に、二人は頭を抱えた。
「あのな、そういうのは恋人の役目だろ!」
「どうして?二人より三人の方が怖くないよ」
イッチーも呼ぶ?と、どこまでも自由な千晴を説得する間にも雷は鳴り続た。その度に怯える千晴に、神宮寺と翔は二人して千晴を安心させようと手を尽くした。
千晴を説得している間にどんどんと夜は更けていき、緊張疲れでそのまま眠ってしまった千晴を抱き上げて神宮寺が部屋に戻る頃には、やっと終わったと、翔と二人して安堵したものだ。

「まったく、振り回されてばかりだ」
文句にもならない柔らかい声音で神宮寺が眠る千晴に口付けると、ふにゃりと相好を崩した千晴は小さく愛しい恋人の名前を呼んだのだった。


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不完全燃焼すみません!!なぜか翔ちゃんがすごい出張ってしまいました……。コレジャナイ感が半端ないです。
天然というか不思議っこというか、ゴーイングマイウェイな子になってしまいました……。
続編をリクエストして下さった方、ありがとうございました!
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