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『古泉、お前ん家寄ってもいいか』
あなたからの精一杯のアプローチ。
ただの友達のような気配を装って、あなたはそう尋ねた。

こんなこと何でもないといった顔をして、けれども耳は赤い。
断りたきゃ断れ、そんな顔をしているのに、酷く返答に怯えている。



僕は微笑みをぴったりと顔に貼り付けていた。
嬉しいと心の中で叫びながら、しかし同時にタイミングが悪いと感じてもいた。

ジッと涼宮さんがあなたを見ている。
あなたは自分の表情を制御することに必死で、気付いていない。


ここでもし僕が、肯定したのなら。


どうなるんだろうか。
涼宮さんの機嫌は急降下を見せ、神人が閉鎖空間で暴動を起こす。

涼宮さんは意外と鋭い人だ。
あなたの気持ちに感づいている。

そして、もしかしたら僕の感情までも……。





僕の使命を知っていますよね、キョン君。

「……すみませんが、今日はバイトが入っているので」
「そうか、悪かったな」

ばつが悪くなったのだろう、キョン君はトイレに行くといって部室を出て行ってしまった。



「………帰る。今日はコレで解散よ」
少し苛立った口調で涼宮さんがドアを乱暴に開けた。

「さようなら」
「また明日ね」


ああこれは、一番最悪の結果だ。
せっかくのキョン君の好意を無駄にしたというのに、涼宮さんのあの表情を消し去った顔。
あれでは神人が暴れてしまうだろう。


「あ、あの………古泉くん」
「ああ、すみません」

着替えようとする朝比奈さんに苦笑混じりに謝って、キョン君と自分の鞄を持って部室から出た。
すると、ちょうどキョン君がトイレから出てきていた。

「今日は、もう解散だそうです。今は中で朝比奈さんが着替え中です」
「……そうか。じゃあな」


キョン君はそっけなく僕に別れを告げる。
僕は、ええ、としか返せなかった。
「お疲れ、古泉」
「お疲れ様です」
「怪我したのか?血が……」
「いえ、平気です」
「ならいいが……俺たちはもうここから抜けるぜ」


神人は倒しても倒してもまた出てくる。
最近は天気が崩れがちで、涼宮さんのフラストレーションはかなり溜まっていた。
そこに今日のとどめがきたのだから、かなり大荒れだった。
他の仲間も何人かは怪我を負っていた。



戻るのが億劫で、僕以外に誰も居なくなった閉鎖空間で、ひとり曇り空を見上げる。



涼宮さんはきっと僕らの浅ましさを見透かしている。
キョン君は僕に恋愛感情を抱いているし、僕もまた然りだ。

しかし、それは許されない。
神がこの世界を消滅させてしまわないように機嫌を取ることが、僕の使命だ。
だから神の意志に反することはしてはならない、それは絶対の掟だ。



キョン君の気持ちが僕に傾いてしまうことは、総合的に見て芳しい反応ではない。

ああ、世界はなんて不条理なのだろう。
神の掌の上で踊らされ、自らの意志を全うすることも出来ない。




あなたにまっすぐに続いている僕の気持ちが、届いてしまうことを許さない。
あなたの喜ぶことを僕がしてあげることは出来ない。

神の機嫌を損なわないようにする為に、愛しい人を傷つけることしか出来ない。
なんというアイロニカル。



僕はこれ以上世界を崩壊の危機に陥れることは出来ない。
その為にそれを解決する最善の方法を知っている。

愛する人を拒み、嫌い、跳ね除けること。

『あなたを愛すことは出来ません。同性でなんて非生産的すぎるでしょう、考えられません』
『あなたのその感情は異常です、本来ならば異性に感じるものです。例えば涼宮さんなどに向けるべきものです』
そんな言葉で、やさしさの塊であるあなたを傷つけなければならない。


僕はあなたに告げなければならない。
いつもの笑顔を消し、「涼宮ハルヒのイエスマン」を双肩にずっしりと背負いながら。

ポツポツと閉鎖空間に雨が降り出した。
隠れる場所も気力もなく、僕はただ全身にそれを感じるだけ。


すみません、ごめんなさい。
僕なんかを好きになってしまったために、あなたがその顔を歪めなければならない。
僕のこの恋心がずたずたになったって、あなたを抱きしめることは出来ない。

「っ………」
隠し切れなかった嗚咽と、感情の塊が爆発したようにはじき出した。
意味もなく発せられる音の羅列と、わきあがる恋情。


雨と一緒に、僕の雫がこぼれていった。
苛立ちのあまり吐き出した怒声に、声帯が摩擦で熱を持つ。

半狂乱したように近くの建物に拳を打ち付けた。
こんな傷、たいしたことないんだ。
これから僕に切り裂かれるあなたのあたたかな胸の傷を思えば、こんなもの。


覚悟を決めなければならない。
あなたのこれでもかというくらい傷ついた瞳を見ても、僕は何の感情も持ってはいけない。
ただ淡々と告げなくてはならない、僕の恋心なんてかけらほどさえも垣間見せてはならない。

徹底的に、あなたの望みを潰さなければならない。
その、覚悟を決めなくては。



「っは………」
ジンジンと酷使した喉が悲鳴をあげている。
いっそのことここで朽ち果ててしまいたいと願った僕は、よろけてその場に座り込んでしまった。

ふと制服のズボンのポケットに違和感を感じて、そこに指を差し入れる。
でてきたものは、小さく丸いレモンキャンディー。


『お前、最近疲れたような顔してるな』
『そんなことはー……』
『あるだろ。……これ、やる』
『レモンキャンディー……ですか?』
『疲労回復には甘いものが一番だからな』
『……ありがとう、ございます』


つい先日の些細なやりとりが懐かしく感じる。
すこし溶けていたキャンディーを袋から剥がし、口に含む。



あまい。
そして、疲れた喉にジンと響いて沁みた。


痛い。
どうして僕は痛みを感じることしか出来ないのだろうか。
特別な能力など持たず、安穏と暮らしていたいと願うのは、いけないことだろうか。
そうだったのなら、あなたに出逢うこともなかった。
こんな不毛な感情も行動も、なかった。

あんなに心が温まることも、きっと。


「あなたは……やさしすぎる」
それが僕をだめにするんだ。


舌先で転がしていたキャンディーは、少しだけ力を入れたら簡単に形を失った。
僕とあなたのようなものだと思った。
あなたはキャンディーのように甘いけれど、こんなにいとも簡単に終わってしまう。


ああ、この世に彼女ではない神がいるというのならば。

どうか、これから彼を悲しませるものなどひとつですらないようにと願う。
僕がそれを祈る権利すらないことを知っても、願わずにはいられないのだ。

(この世界を守るために、自らを犠牲にしてもいいと思った)
(この世界を守るために、あなたを犠牲にしなければならない)

(甘いキャンディに、絶望が溶けてゆく)
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