zz

□bl
12ページ/12ページ

その日、馨はきっとこの世の誰よりも幸せだった。
平静を装っても、すぐにへらりと顔を崩してしまう。
光邦がケーキを食べているときよりもしまりのないその顔は、すぐに学校中の噂になった。


馨くんのあんな幸せそうな顔はなかなかレアだ、とお嬢様たちは必死にその顔を目に焼き付けている。
学校中に知られているのだから、いつでも一緒の片割れが気付かないはずもない。
光は光で拗ねたような顔つきを見せたけれど、やはりどこか幸せそうで。

「光に馨……どうかしたの?」
あまり関わりたくないと思ったハルヒだったけれど、ホスト部常連のお客様たちから理由を聞いてきてほしいと頼まれて断れなかった。
「馨に聞けば」
何をしたいのか利き手ではない左手で判別しがたい程の汚い字を書きながら、ツンと素っ気ない光の返答に今度は馨の方を見やる。
「光を見ればわかるじゃん」
馨のにこにこ顔はでれっと崩れ、歓喜の悲鳴が教室を包んだ。
「わからないから聞いてるんだけど……」
そんなハルヒの呟きに耳を傾けずに、二人は真実を語ろうとしない。
「今日の部活が終わったらね」
馨がハルヒにこっそり耳打ちすると、光がむっとして馨を見た。
「かーおーるー!」
「はいはい、なに?」
「できた!」
「んー?あ、光昨日より上手いじゃん」
えらいえらいと光の頭を撫でる馨がまるで園児にいいこいいこしている保育士のように見えた。


どこかおかしな二人に挟まれたままどうにか授業を終え、部活終了までことなきを得た。
昼食の時間にも光は左手にフォークを持ち、時々馨に食べさせられながら食事をしていたし、二人での接客では馨が何から何までフォローしていた。
部活終了の合図が鏡夜から出され、片付けの時間に光邦がおそらく誰もが気になっている疑問を口にした。

「かおちゃんもひかちゃんも、なんかいい事あったのー?朝からごきげんさんだったね」
「光が可愛いから気分がいいだけ」
「可愛いって連呼すんなって」
「だって光が可愛いコト言うんだから仕方ないデショ?」
部員の前ということも気にせずにいちゃつく二人に鏡夜が先を促した。
「今日はどのテーブルもお前らの話で持ちきりだったぞ。それで、光の何が可愛いんだ?」

馨はかなりにやけながらも、光をちらりと見た。
「もー、勝手に言えば?朝からそんなにやにやしてたらみんな気になってしょうがないだろうし」
光がぷいっとそっぽを向いてしまっても、馨と繋いでいた手を放す素振りは見せない。
馨は頬を紅潮させながら、簡単に言った。


「光が僕の為に左利きになるんだって!」
部員はみんな頭に疑問符を浮かべていたけれど、鏡夜が眼鏡を直しながら、あぁと納得した。
「どういうことだ鏡夜!?」
環が鏡夜に詰め寄っても鏡夜は
「話したくて仕方ない馨に聞け」
と食器の片付けに戻ってしまった。

「それで?」
「昨日光がいきなり『僕今日から左利きになる!』とか言い出してさ。それが僕とずっと手を繋ぐためなんだって」



昨夜、馨が風呂からあがると、光が左手にペンを持って何かを書いていた。
『光、何してるの?』
『僕、今日から左利きになるから』
『はぁ?どうして』
左利きのメリットなんてあまりないだろうと思いつつ、光の言動は無駄なことが多いことを知ってる馨は口に出さないでおいた。
『どうしたら馨とずっと手を繋いでいれるかって、今日ずっと考えてたんだけど』
日中どうやら真剣に授業を受けていると思っていたら、そんなことを考えていたらしい。

『僕が左利きなら馨とずっと手繋げると思ってさ!』
可愛い。その言葉を聞いた途端、そんな思いでいっぱいになった。
『だって両利きになれたら、授業中に手を繋ぎながらノートも取れるし!ご飯食べながらも手繋げるだろ?』

馨の胸がきゅんと鳴った。
光が授業中にノートを取るなんて殊勝なことしないし、ご飯食べながら手を繋ぐなんてマナーが悪いと知っていても。

『最近は馨不足だから、いつでも繋がってないと僕死んじゃうかも』
『こんなに一緒にいて僕不足なの?』
『んー、秋だからかな?人肌恋しいの』

光はどれほど馨に光という存在の大きさを知らしめたいのだろう。
こんなにも言葉や行動で愛されて、馨はなんて自分は幸せ者なのかと頬を緩ませた。
疑うこともなく、すべてを受け止めてしまう光に馨はかなわないと思っていた。
『いい案だろ?』
『うん、最高すぎ』
そうして昨日から奮闘している光の姿を見るだけで、馨は幸せでしかたなくなるというわけだ。



「可愛いでしょ?光って」
にこにこして馨はみんなに問う。
「ひかちゃんは努力家さんなんだねぇ〜。えらいえらい」
耳まで真っ赤な光の頭を光邦が撫でた。
「……えらい」
「モリ先輩までしなくていいからっ!」


「……なんだ、やっぱりただののろけ話か」
「何だとはなんだよハルヒ」
「そうそう、僕らはいつだって本気なんだよ?」
口を尖らせる二人にハルヒは大きなため息を吐く。


「茶化してるわけじゃないよ。馨を幸せにできるのは光だけなんだなって話」
ハルヒの言葉に二人はぱちくりと瞬きをして見つめあう。
そして得意の笑顔で、
「「よくわかってるじゃん?」」

暇でも暇じゃなくても双子はいつでも厄介だということを、ホスト部部員は身を持って知ったのだった。

(光っていうだけで、もうどうしようもなく大好きなんだ)
(馨の為ならなんだってできちゃう今の自分はあの頃より好きだ)

(きみのため、なんていっておいてけっきょくぜんぶぼくのためなんだけれど)
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ