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「え……崇さん居ないんですか?」
「ええ、須王様たちとご一緒に藤岡様のお宅へ行かれました」
「そうですか……。いつ頃戻るかわかりますか?」
「申し訳ございませんが、崇様からはそのような言伝は預かっておりません」

このあとの自分の身の振り方をどうしようかと、うーんと唸ると、お手伝いさんがお茶を飲まないかと誘ってくれた。
「とてもおいしいおやつを須王様からいただいたんですよ」
「そうですね、お茶をご馳走になってる間に崇さんが帰ってくるかもしれませんし」

お言葉に甘えて、と付け加えると、客間に通された。
崇のお祖父さんが趣味でやってる盆栽が、とてもこの風景に合っている。
「和」という言葉が本当にしっくりくる家だ。もちろん、崇もそれに該当する。

窓を開けると、緑の落ち着く香りがふわりと鼻を掠めた。
ちょくちょく崇の家には遊びに来ているけど、もしかしたら実家より落ち着くかもしれない。
そんな風に思うのは、崇の存在ありきだってことはわかっているんだけどね。


「千晴様、お待たせしました」
「ありがとうございます」
綺麗に透き通る緑茶と、それによく合うであろうカステラ。

「わあ、おいしそう」
「私たち使用人の分まで買って頂いたんですよ。長崎に行ったつもりで食べてくださいと言われました」
くすくすと笑うお手伝いさん。
僕もそのシーンを簡単に思い浮かべることが出来て、彼らしいと微笑んだ。


しばらくそのお手伝いさんとお話をしていたら、小1時間ほど経ってしまった。
「お茶、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「それはよろしゅうございました」
「あの、ご迷惑でなければ、崇さんの部屋で待たせてもらっても構わないですか?」

僕がそうお願いすると電話で聞いてみると言われ、客間を出た数分後にお手伝いさんが戻ってきた。
「あと30分ほどでご帰宅なさるそうですので、お部屋でお待ちくださいとのことです」
僕はまたお礼を言って、崇の部屋へと足を向けた。


誰も聞いていないのを知りながら、お邪魔しますと告げて中に入る。
相変わらず綺麗に整頓された部屋だ。
手持ち無沙汰な僕は、近くのオブジェを手にとっては戻していた。

崇は自室と寝室の二部屋を私室として持っているから、何となく腰を落ち着けたくて寝室に入る。
この布団で寝たのは1度や2度じゃないから、馴染みのあるものとして感じて、少しだけ安心した。

キシ、と小さな音を立てたベッドが僕の全身を受け止めてくれた。
崇は身体が大きいから、従ってベッドも大きい。僕が頑張って手足を広げてようやく端まで届きそうなほど大きいベッド。

よじよじと枕のある所まで行き、枕に頭を預ける。
ふっと息を吐いた時、崇の匂いがした。

「あ………」
抱きしめてくれているような感覚。
そこまで背が高くない僕は、崇に抱きしめられても胸に頭があるくらいなんだけど。

今日初めて崇を感じて、僕は胸いっぱい空気を吸った。
確かに崇の存在を感じるのに、この身を温めてくれる穏やかで力強い腕はない。
千晴、と僕の名を囁いてくれる声も、甘い口付けをくれる唇も……今はない。


「たかし……さみしい」
ぽつりと呟いてもそれは崇の枕に吸収されてしまった。

崇は藤岡さんの家に行ってるんだよね。
環先輩と光、馨のことだから「ハルヒん家で夕飯食べたいなー」なんて無茶言ってまた藤岡さんを困らせてるのかな。
そうしたら、崇は帰ってくるのが遅くなっちゃうなー……。

僕はホスト部の部員じゃない。だから、そういうお誘いがないのもわかるんだけど……。
寂しいって感じるのは、崇を取られたって思っちゃうからだよね。
毎日が剣道の練習で忙しい崇なのに、これ以上ホスト部の用事を作ったら全然会えない。


崇は今日は剣道部が休みだって知ってたから、本当はいきなりお邪魔してずっと一緒に居ようと思ってたんだけど。
休みの日でも午前中は自主練をしている崇に迷惑にならないように、八つ時を狙って来たんだ。

「カステラは美味しかったけどさ……」
部の付き合いって大変なんだなーと思う。
環先輩の命令はほぼ絶対だっていうから、みんな全然休めてないんだろうな。

寂しいけど、ホスト部が嫌いって思えないから悔しい。
もっと構って欲しいと思ってるけど、崇も僕と会う時間を作ってくれてるってわかってるから、言えない。


「もっと一緒に居たいな」
こんな大きいベッドに僕一人で寝転んでいると、二人で寝ているときのことを思い出してしまう。

崇の逞しい腕で腕枕をしてもらって、ぴったりくっ付いている姿。
二人で布団に居るなんて大半は裸の時だから、その肌の滑らかさと温かさが心地よくて離しがたい。
僕は少し上目遣いでいろんな話をして、崇はそうかって笑みを湛えながら相槌を打ってくれる。
大きな手で頭を撫でてもくれるし、肩が出てしまっていて冷たくなった時は抱き寄せて温めてくれる。


中毒みたいだな、とぼんやりと考えた。
「崇中毒、かな」
なんだかそれがおかしくて恥ずかしくて、ぎゅっと布団を握り締めた。

それまで感じていた崇の匂いが薄れてしまって、やるせなくて目を瞑る。
「たまには僕を優先してよね……」
あ、身勝手なこと言っちゃった。でも本心だから仕方ない。
たまには、ホスト部の集まりを断って僕と居る時間も作って欲しい。

むぅっ、と拗ねたように頬を膨らませていると、不意に頭に何かが触れた。

「すまなかった」
「えっ!?」
驚いてバッと顔をあげると、崇が微妙に困ったような顔でそこにいた。

「あっ、えーと、あの……違くて!」
聞かれた、と思うとすごく恥ずかしい。こんなワガママでカッコ悪いこと崇に聞かせたくなんかなかったのに!!

「寂しい思いをさせたな」
「ごめん、違うんだ。ちが……」
違うのに、心が嘘を吐くなって言ってる。

「崇を束縛したいわけじゃなくて……その……」
うざい奴って思われないかな、と怯えてしまう。


「千晴……」
綺麗な低音を直に耳に吹き込まれ、恥ずかしくなる。
ギュッと目を瞑ると、そのまま額にキスを落とされた。

ドキッと心臓が高鳴って、震えている。
目尻を通って頬、鼻、と唇が辿っていく感覚がリアルにわかる。
唇の端に崇のそれが触れ合った瞬間、びくりと肩を竦ませてしまった。


拒絶ととられたかも、と思って恐る恐る崇を見ると、じいっと見つめられた。
「ご、ごめん……」
「謝るな」

ぺろりと舌先で唇を舐められると、違う意味でぴくりと肩が震える。
その反応に満足したのか、崇はそのまま口付けてきた。


「んっ……」
触れ合うだけのそれに、欠けていた何かが埋まっていくのがわかった。
大きな手は、僕の頬から頭を包んでいる。
あったかい、と唇が離れたと同時に息を吐く。


崇も僕と同じようにベッドに横たわった。
いつも二人で横になっているのと同じ体勢に、思わずその状況を思い出してしまった。
「………おかえり」
顔を赤くしながら上目遣いで言った僕に、崇はいつものように少しだけ唇をあげて微笑んだ。
「ただいま」


「あ、あのね、さっき下でお茶とカステラ頂いたんだ。すごくおいしかったよ、崇も食べた?」
「いや、あれは昨日貰ったから」
「そっか。環先輩のお土産なんだよね?長崎に行ったのかな?昨日は土曜だし」

「……千晴」
無理に話題を作っていたのを咎められたのだろうか、窘めるように名前を呼ばれた。

「無理をするな。して欲しいことがあれば俺は出来る限りしてやりたい。だから、我慢しないでくれ」
普段は寡黙な崇は、ここぞという時に饒舌になる。
それは僕の気持ちをきちんと慮ってくれているからで……。


「わかってる、崇が部活を両立させる為に努力してること。だから、我が儘は言いたくない」
「俺たちは恋人だろう。それに千晴の我が儘は俺にとっても嬉しい」
迷惑を掛けたい訳じゃないとぐずると、崇は優しく背中をさすってくれた。
どこまでも僕を甘やかす崇の全てが、愛しい。


「それにね、みんなが楽しそうなホスト部も大好きなんだ」
だからね、もし迷惑じゃなかったら、今度は僕も誘って?
そんな大胆なことを言ってしまうと、崇は小さくため息を吐いた。

あ、呆れられた……?
「ご、ごめんやっぱり今のはー……」
「大丈夫だ。あいつらも喜んでくれる」
そんなことを我が儘だなんて言うな、って甘く口付けてくれた。



「……ん、ありがと」
ついでだから言ってしまえと素直な口はもうひとつ我が儘を言ってもいいかと尋ねていた。
こくりと崇がしっかりと頷くのを見てから、僕は顔を綻ばせながら抱きついた。



「あの、ね……もう少しこうしてたい」
僕も自由な腕を崇のがっちりとした胴回りに絡めさせた。
二人の間の隙間はほとんどなくなっている。

「……俺もだ」
崇の瞳はほんの少し驚きを見せてから、愛しそうにその目を細めた。


ベッドの上で、確かに崇を感じる。
穏やかで力強い腕も、千晴、と僕を呼ぶ声も、甘い口付けを落としてくれる唇も。
こんなに全身で感じることの出来る僕はなんて幸せだろう。

抱きしめられていると感じることの出来る、崇の落ち着く香りに、僕は安堵の息を吐くのだった。


(とろとろと、蕩けてしまいそうに甘い君)
(このむねをあまくいたませるのはあなた)
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