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「うっわぁ、びしょびしょ」
スーパーで夕飯の買い物を終えて家に帰ろうとした途端、謀ったように大雨が降り出した。
急いで走ってきたものの、スーパーから家までは10分ほどかかる距離だったから、もう下着まで水気を帯びている。

お風呂に入ろうと濡れた靴下を脱ぎ、部屋の洋服ダンスから寝巻きを取り出す。
べったりと身体に密着しているシャツを脱ぎ捨てて、すぐに洗濯機に入れる。
「風邪引いちゃうかなぁ・・・。あ、虎次郎さんは大丈夫かな?濡れてなきゃいいけど」

独りごちながらバスルームの扉を開けると、そこには人が。
「わぁぁぁっ!?」
バンッて思いっきり扉を閉めて、壊れそうな心臓を落ち着かせる。

え、ちょっと、あれ?誰・・・?
まったく予想外の出来事に心臓が落ち着くわけがなくて、裸のまま目をキョロキョロさせているとザパンっと浴槽から上がる音。
どうしようどうしよう、い、今のって虎次郎さんだよね?
あ、あれ・・・?どうしよう、ものすごく恥ずかしい!!
冷静に考えれば、すぐにバスタオルでも腰に巻いて逃げればよかったんだけど、正しい判断を行えなかった僕はもっと混乱する羽目になる。

「千晴?おかえり」
扉を開けて、全然動揺した素振りのない虎次郎さんの声がなんでもないんだといってるようで、安心する。
「こ、虎次郎さん・・・ですよね?あ、あの僕・・・」
「雨に降られたんだろ?風邪引かないうちに早くおいで」
「えっ?」
突然の誘いに驚く僕に、虎次郎さんは「ほら」と腕を引っ張ってきた。


僕らの関係は一応「恋人」になってるとはいえ、まだキスだってしたことがない。(おはようとおやすみの時にされるおでこにキス以外でだけど)
なのに、いきなり裸を見せるなんて僕にはハードルが高すぎる・・・!

硬直してる僕をよそに、虎次郎さんは素早く僕の身体にお湯を掛ける。
「早くあったまらないと。湯船に入って」
ドキドキとしながらも、虎次郎さんの言葉には逆らえずに湯船に足を入れる。
じんわりとあたたかさが伝わってきて、ほぅと息を吐いた。
全身をお湯に包まれている感覚に身を任せると、お湯が揺れて虎次郎さんも湯船に入ったことを知る。

「こ、虎次郎さん!?」
「ちょっと狭いな」
次々と予想外のことをされて、僕の心臓はもう早鐘なんてものより速くなっている。
「千晴の身体をもっと温めたくて。あと、俺が寒いのもあるんだけど」
後ろから抱き締められるようにして耳元で囁かれたからびくっと身を竦ませてしまう。
「緊張しないで良いよ」
「でっ、でも・・・」
「いいから」

きっと僕の動揺は虎次郎さんに知られていて。
だけど、虎次郎さんの心拍も少しだけ速くなっている気がする。
「虎次郎さん、もしかしてドキドキしてます?」
ふふっと微笑ましくて笑うと、きゅっと抱き締める力が強まる。
「当たり前だろ?好きな人と一緒にこうしていられるんだからさ」

甘ったるい言葉に耳をくすぐられながらも、もう身を硬くさせる緊張なんて消え去っていた。
代わりに、胸が締め付けられる。

キス、したいなぁって思った。
今まで恥ずかしくてそんな雰囲気になってもはぐらかしてきてしまった。
虎次郎さんは僕にペースを合わせてくれている。
だから、今度は僕から進展させようと思った。


すっごく恥ずかしい。顔は多分真っ赤だし、耳も熱い。
だけど、僕は意を決して口を開いた。

「ねぇ」
「ふぁっ・・・はい!?」
息を吸い込んだと同時に虎次郎さんに話しかけられ、変な声が出てしまう。
「こっち向いて?」
「・・・はい」
ゆっくりと身体を反転させると、真剣な瞳の虎次郎さんと目が合った。
「・・・ごめん、もう我慢できない」
え?と聞きなおす前に、また口を開かれた。
「キスしたい」
目を瞠る僕に虎次郎さんは真面目な口調で話しだした。
「千晴は恥ずかしがりやだから、ゆっくり行こうって思ってたんだ。まだ付き合い始めて3ヶ月だしね」


そう、僕たちは付き合い始めてすぐに一緒に住み始めた。
虎次郎さんが僕の高校の卒業式を見に来てくれて、一緒に帰っている時に告白されて、僕は嬉しくて泣きながら返事をした。
僕は両親に自立すると言い、丁度虎次郎さんも一人暮らしをしようと考えてた時らしくて、一緒に住む事にした。
初めて人を好きになったのが虎次郎さんだったから、僕は恋愛経験を持ってない。
だからどうしても緊張しちゃって、虎次郎さんの手を焼かせたと思う。

「だけど、そんな無防備な格好をいきなり見せられたら我慢の限界だよ」
俺だって男だからね、と言われてまた恥ずかしくなった。
「ごっ、ごめんなさい・・・」
「ううん。でも、俺は千晴が俺とキスしたいと思ってくれた時にしたいんだ。だから・・・」

虎次郎さんの言葉を遮って僕は叫んでいた。
「僕だって!」
恥ずかしさを自覚して俯くと、虎次郎さんの手が僕の頬に触れる。
「僕だって、何?」
「・・・虎次郎さんと、キスしたいって思った・・・さっき」
余裕の無さそうな表情に後押しされて、それだけ呟く。
唇を噛み締めていると、優しく名前を呼ばれて顔を上げられる。

「んっ!」
早急に唇を押し当てられ、驚きの声を上げる。
触れられていたなと思ったのはほんの数秒で、すぐに唇に何かが入ってくる。
「ふっ・・・んぅ」
それが虎次郎さんの舌だって気付いた時には意識が飛びそうで、くらりとした。
息ができなくて、苦しくて虎次郎さんの胸を叩くと唇が離れていく。
恥ずかしさと息苦しさで肩で呼吸する僕に、虎次郎さんが抱き締めてくる。
「ごめん・・・千晴はキスも初めてなのに・・・まだちょっと早かったかな」
「やっ、悪いのは僕です!だって、息継ぎの仕方がわからなくて・・・」

そう早口で伝えると、虎次郎さんの身体が震えていることに気付いた。
「虎次郎さん・・・?」
「ハハッ、よかった・・・嫌がられてるのかと思ったから・・・そっか、苦しかったのか・・・」
くつくつと笑いが堪えられなかったのか、振動は大きくなるばかりで。
余程ツボに嵌ってしまったんだろう。しばらく笑いが途切れる事はないまま、僕たちは抱き締めあっていた。



「・・・虎次郎さん、もう笑わないで下さいよ」
「ご、ごめん・・・。すっごく嬉しくて」
「嬉しい?」
不可解そうな声音に虎次郎さんは指先で滲む泪を拭いて、微笑んだ。
「嬉しいだろ?本当に千晴の初めては俺なんだなって思ったら」
ボッと顔が赤くなる。そうだ、これが俗に言うファーストキスってものなんだ。

「そ、そうですよ!初めてのキスの後に笑われるなんてー・・・」
「残念だね、レモンの味じゃなくて」
あ、意地悪な虎次郎さん。
僕をからかってくる時はいつもこんな風に子供みたいに無邪気な顔して笑う。

「虎次郎さんの味がした」
だから、いつものお返しとして恥ずかしいことをさらりと言ってのけた。
ぽかんと口を開けた虎次郎さんがまた笑顔になる。こんどは心底嬉しそうな顔に。

「じゃあ、俺にも千晴の味見をさせて」
「えっ?それとこれとは・・・」
抗議しようとしたら、唇を塞がれた。
そして、思いっきり味見をされた後に虎次郎さんに言われたんだ。


「次のキスはレモンの味にしようか」
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