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(別作「雨の日」の主人公視点になります)

僕は、今さっき目が合った彼のことを考えていた。
彼は半年くらい前から、図書室にちょくちょくと顔を出すようになってきた人。

僕は図書委員を務めていて、本と図書室の独特の空気が好きで、ほとんど毎日図書室に居る。
クラスでも休み時間はついつい読み途中の本を開いてしまう。そういえば、彼を見かけるのはここだけじゃない。
よく、部活仲間の栄口くんに教科書を借りに来ているっけ。


よく通る声が、本に夢中になっている僕を現実へと引き戻すことがしばしばある。

栄口くんはもう慣れてるのか、何の教科書を貸せばいいのかわかってるみたいだ。
はい、と手渡す動作は手慣れていて、彼のへらっと柔らかい笑顔が浮かぶ。
その光景はなんだか微笑ましくて、口元が綻ぶ。

彼って、いつもにこにこと笑っているイメージがある。

だから、野球部だってことはわかっていても、練習をしてるときの顔がどうしても想像できないんだ。
しかも、運動部で野球部なんて特に練習が大変だって聞くのに、本を読んでる暇があるんだろうか。

興味深いな、とさっきまで彼がいた場所を見たけど、いなかった。
きっと督促状をもらって本を返しに来たと思ったんだけど…。

さっき目が合ってしまって、気まずかったのかな。
残念、と息を吐いて本の続きを読む。

1ページほど進んだとき、不意に頭から降り注ぐ声。

「すみませんっ」
「あ、はいっ」

生徒さんだ、とパタンと本を閉じて仰ぎ見ると、そこには彼が居た。

「この本返して、この本借りたいんですけど…」

ああ、彼の声って気持ちいいんだな。
初めて自分に向けられた声にそんな感想を抱く。

「はい。えっと、水谷くん、水谷くんっと…」
水谷くんの貸しカードを探していると、えっ?と驚きの声が漏れた。

「あ、あれ?名前違う?ごめんなさいっ」
たしか水谷文貴くんっていう名前だったと思ったんだけど…。

間違えるなんて、失礼なことしちゃった!

しどろもどろになりながら謝ると、水谷くんは手をブンブンと振った。

「いや、合ってるよ!合ってるけど…何で、おれの名前…」
あ、変な人とか思われたかな?

「み、水谷くんは野球部で有名だし、最近良く借りてってくれるから…」
自分の知らない人が自分の名前知ってるのなんて、そりゃ変に思うか。
失敗した、と口を引き結ぶ。

「や、日高がおれのこと知ってるとは思わなかったから…びっくりしちゃっただけで!」
「み、ずたにくんも…何で僕の苗字…」
戸惑う様子もなく発せられた僕の苗字に驚く。

「や、あ…そ、そう!栄口と同じクラスだしっ!」
ああ、よく教科書借りに来るもんね。

「それにー…」
納得していた僕が手にしていた本のカードに返却印を押して、またカードをしまう。
「おれが面白そうだなって思う本はいつも日高が先に借りてたし」

じゃあ嗜好は似ているんだ。なんか、嬉しいな。

「そういえば、さっきファンタジー小説の棚に居たよね。僕ももう少しであの棚、制覇しそうなんだ」
嬉々として話してしまったのは、同志として認識したからかもしれない。
あんまり男子はファンタジー好きじゃないから、話せる人居なかったんだよな。

「うっそ!日高すげー!ソンケー!」
水谷くんが、キラキラした目でそう言ってくれた。
「毎日図書室に居るしね」

くすくすと笑って、ああそうだと話をふる。
「あ、じゃあ『夢の波音』って本読んだ?僕、それが一番お気に入りなんだ」

もう何度も読んだその本のタイトルを告げると、水谷くんは少し眉根を寄せる。
「それも面白そうだなって思ったんだけど、こっちのが気になったから、こっち借りちゃった」

そうしたら水谷くんはすぐに駆け足でその棚まで行って、一冊の本を持ってきた。「日高、これも借りる!」

それは僕がさっき勧めた本だった。

「ありがとう」
えへへ、と男が二人して笑っているのはさぞ変だったろう。
手早く貸し出し処理をし終わるのと同時に水谷くんが僕の名前を呼んだ。

「変なこと言ってい?」
「…?うん?」

心なしか顔が赤い水谷くん。
こんな顔を見るのなんて初めてだ。

「おれね、ずっと日高のこと好きだったんだ…」
「え…」


いつから?とか、どうして僕を?とかいろいろ考えたんだけど、それよりなんだかドキドキしてる自分が一番不思議だった。

「変なこと言ってごめん!でも…知っといてほしいなって思ったから」

じゃ!と本を持って走り去ろうとした水谷くんを呼び止めてしまった。

「ちょっと待って!あ、あの、お友達からっていうの、ダメかなっ?」

僕の言葉にビタッと足を止めて振り返る水谷くんの顔は、いつもより更にへろへろしている。

「…気持ち悪くない?こんなの」
「…なんか、今すっごくドキドキしてる」

へっ?と不思議そうな顔をした水谷。

「だから、友達からじゃダメ…?」
「いいっ!全然それでいいっ!」


はにかむ僕に、水谷くんは満面の笑みを見せてくれた。
優しい彼となら、楽しい関係が築けそうだと目を細めた。



(せっかく友達になったんだし、文貴くんって呼んでいいかな?)
(も、もちろん!おれも日高の名前呼んでいい!?)
(うん!)
(って!ああっ!部活のミーティングもう始まってる〜〜!)

>>>
文貴っていい名前ですよね…。
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